夢を叶え、日本で愛国歌を歌った独立運動家の子孫・許海実=アジア大会

投稿者: | 2026年10月2日

 1日、名古屋の愛知国際アリーナで開かれたアジア大会柔道女子57キロ級の表彰式。表彰台の最も高い場所に立ち、金メダルを首に掛けた許海実(ホ・ミミ、23)=慶北体育会=が、愛国歌(韓国の国歌)を口ずさんだ。思うように声は出なかった。許海実は「涙をこらえていたので、大きな声では歌えなかった」と語った。

 許海実は2021年に亡くなった祖母を思い浮かべた。「海実が韓国代表としてオリンピックに出てくれたらうれしい」という遺言が、許海実の柔道人生を変えた。許海実は「祖母の言葉がなければ、わたしが韓国に来て選手生活を送ることができただろうかと思う」とした上で「きょうのような幸せな瞬間をつくってくれた祖母に、本当に感謝している」と話した。

 許海実は2002年、東京で生まれた。韓国国籍の父と日本国籍の母の間に生まれた在日韓国人だ。早くから柔道で頭角を現し、2017年に全国中学校柔道大会で優勝した。名門・早稲田大学に進学し、日本柔道界で期待を集めていたが、祖母の遺言に従い、2022年に初めて韓国代表になった。

 韓国に来てから、自分も知らなかった誇らしい家族の歴史も知った。慶北体育会のキム・ジョンフン監督が、許海実は1991年に建国勲章愛国章を追叙された独立運動家・許碩(ホ・ソク)の5代目の子孫だということを確認した。2023年に日本国籍を放棄し、翌年のパリ・オリンピックで銀メダルを獲得した。

 許海実はパリ・オリンピックに向けて準備する中で、愛国歌を覚えた。日本で生まれ、大学まで通った許海実は、愛国歌に出てくる単語を翻訳機にかけながら勉強した。パリ・オリンピック決勝で世界ランキング1位の出口クリスタ(カナダ)に敗れたため、愛国歌は流れなかった。2年後、アジア大会の金メダリストとして、自分が生まれた日本で愛国歌を歌った許海実は「4番まで全部歌うことはできるが、完ぺきではない。それでも1番だけは、意味をすべて分かった上で歌っている」と語った。許海実は「パリ・オリンピックが終わって多くの期待を受け、今大会で満足できる成績を収めなければならないというプレッシャーがあった」とした上で「自分がしてきた努力が(金メダルという形で)実ったと思い、本当にうれしい」と話した。

 アジア大会までの道のりは、決して平たんではなかった。オリンピック後に左肩の靱帯損傷が悪化し、その年の11月に手術を受けた。手術とリハビリを経て長期間試合に出られず、実戦感覚が落ちる中で「実力が以前ほどではない」との評価も受けた。許海実は「人生で最もつらい時間だった」とした上で「再びはい上がれるのか、と何度も考えた」と語った。

 許海実は今大会初戦で、フィリピンの選手を相手に14秒で背負い投げによる技ありを奪うと、抑え込みにつなげて28秒で一本勝ちした。準々決勝で対戦したタオ・ユーイン(中国)も1分30秒で一本勝ちで下し、調子を上げてきた。準決勝でシュクルジョン・アミノワ(ウズベキスタン)に反則勝ちした許海実は、テルビシュ・アリウンザヤ(モンゴル)との決勝で、開始直後に小内刈りで有効を奪って優勢勝ちした。許海実は「普段は試合序盤に得点することはあまりないけれど、きょうは有効を取って時計を見たら、まだ3分50秒も残っていた。『これをどう耐えればいいのか』と思った」と言って笑った。許海実は「次のステップはオリンピック金メダル」「まずは3日に行われる混合団体戦で2冠に挑み、オリンピックに向けてまた一生懸命練習するつもりだ」と話した。

 一方、柔道男子81キロ級に出場した李俊奐(イ・ジュンファン、24)=浦項市庁=は、エリアス・パルヒズガール(イラン)を延長戦の末、腕ひしぎ十字固めによる一本勝ちで下し、銅メダルを首に掛けた。在日韓国人3世の金知秀(キム・ジス、25)=慶北体育会=は、女子63キロ級の3位決定戦で惜しくも敗れた。

2026/10/02 13:50
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