韓国人なら一度は行くべき、日本の山奥で1300年続く祭りの秘密(1)

投稿者: | 2026年1月29日

昨年、訪日韓国人は946万人を記録し、史上最高を更新した。韓国国民5.45人に1人の割合でパスポートに日本のスタンプを押した計算になる。もはや日本で韓国人が行ったことのない場所はほとんどない。島国のどこへ行っても韓国人がいる。今日紹介する九州・宮崎県の山村にも行ったことのある人がいるのではないか気になるところだ。16日から18日にかけてこの山あいの村を訪ねる際、ふと疑問が湧いた。「韓国人がこんなところまで来るだろうか。あえて来る必要があるだろうか」と。しかし、その疑問符はすぐに感嘆符へと変わった。幾重にも重なる山々の奥深い里に、1000年以上続いてきた韓国との縁が隠されていた。韓国人なら知っておくべき、日本の山村だった。

◇ゴルフ旅行ではなく歴史紀行

 九州南東部に位置する宮崎は、冬に訪れる人が多い。済州島(チェジュド)よりも暖かいため、冬のゴルフ旅行先として人気が高い。野球やサッカーといったプロスポーツのキャンプ地としても有名だ。

16日の正午ごろ、ヤシの木が並ぶ宮崎空港の気温は20度だった。車で約2時間走り、山あいの盆地「美郷町南郷村」に到着すると、そこは別世界だった。午後5時を待たずして辺りは薄暗くなり、みるみるうちに冷え込んできた。

どこの山里もそうであるように、夜になるとやることがない。寂しく、退屈だ。しかし、この日は違った。午後6時、「師走祭り」を見るために数千人が集まってきた。神門神社の前の田畑に30基余りの迎え火やぐらが設置され、一斉に火が灯された。炎は10メートル以上にまで燃え上がり、立ち込める煙が空を覆った。空気はサウナのように熱気を帯びた。

師走祭りは、実に1300年以上も続いている。その歴史の長さもさることながら、百済の伝説が秘められている点がさらなる興味をそそる。混乱を極めた百済後期、王族だった禎嘉王(ていかおう)は家族を連れ、日本の奈良を経て宮崎へと亡命した。追手の手が伸び、激しい嵐に見舞われて家族は散り散りになった。禎嘉王は南郷村に定着し、長男の福智王(ふくちおう)は約90キロ離れた木城町に辿り着いた。王と息子はそれぞれの村に農法をはじめとする百済の先進技術を伝え、住民たちは彼らを丁重に敬った。しかし、ほどなくして追手によって王族は命を奪われてしまう。その後、住民たちは禎嘉王と福智王を神社に祀り、家族の再会を演出する祭りを行うようになった。

2026/01/29 10:47
https://japanese.joins.com/JArticle/344100

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