1987年の6月民主抗争が「5年単任制の大統領制」という政治体制を生み出したとすれば、韓国サッカーには1986年メキシコW杯が生み出した、40年にわたって続くシステムがある。しばらくは機能していたものの、いまや寿命を迎えつつある枠組みであるという点で、この二つの体制はよく似ている。
1982年スペインW杯予選敗退後、韓国はW杯本大会出場を最重要課題と位置付け、1983年にプロサッカーリーグを発足させた。代表チームの競争力強化のために財閥系企業がクラブを支え、短期的な成果が何よりも優先される、いわゆる「86体制」だ。
この体制は確かな成果を上げた。2002年韓日W杯でのベスト4進出を含む、11大会連続のW杯本大会出場だ。フース・ヒディンク監督は代表チームをクラブチームのように頻繁に招集して鍛え上げ、特別法まで制定されるなど、兵役特例の恩恵も与えられた。短期間にあらゆる力を集中投入する86体制がもたらした最大の成果だった。
問題は、86体制が成功体験にとどまり続けていることだ。87体制では5年ごとに政権が交代し、国家の長期課題が見直されるように、86体制でも監督が交代するたびにすべてが白紙に戻る。ヒディンク監督以降、4年間の任期を全うした監督は、2022年カタールW杯で代表を率いたパウロ・ベントだけだ。一方、日本では森保一監督が8年間にわたり指揮を執っている。頻繁な監督交代はサッカー哲学の継続性を断ち切り、そのたびに韓国サッカーは再びスタートラインに戻る。
成績不振の責任を監督やサッカー協会長という一個人に押し付けることで、あらゆる問題をその場しのぎで済ませてきた惰性も、86体制の限界だ。鄭夢奎(チョン・モンギュ)会長や洪明甫(ホン・ミョンボ)監督への批判が強まっているのも、同じ文脈にある。しかし、両氏が辞任したとしても86体制が変わるわけではない。変えるべきなのは人ではなくシステムであり、それではじめて本当の変化が生まれる。
エリート選手の育成と国威発揚にだけ重点が置かれ、生活スポーツや選手一人ひとりの長期的な成長を視野に入れられていない点も、86体制の負の側面だ。成績さえ残せば過酷な練習も「地獄の特訓」と美化され、兵役特例が懸かった大会に一層執着するという副作用まで生み出した。サッカー界内部の自己診断も同様だ。あるサッカー関係者は「土のグラウンドしかないと言うから芝生のグラウンドを造った。練習場がないと言うから建設した。専用スタジアムも、2部リーグも全部整備した。これ以上、何を造ればいいというのか」とした上で、「今のシステムは、一部のサッカー関係者だけが既得権を享受する構造だ」と指摘した。
K-POPやKドラマが世界トップレベルへと飛躍する一方で、韓国サッカーをはじめとするスポーツ全般は停滞、あるいは後退した。韓国サッカー協会の元職員は「勉強して努力することよりも、誰につくかのほうが重要だったのではないか」とし、「科学的データが次々と示される時代に、勘に頼る采配はもはや通用しない」と語った。
86体制を乗り越える道は、監督選任の方法、エリート育成システム、そして協会の組織文化という三つの柱がともに動き出すことから始まる。今回のW杯惨敗によって生まれた怒りが、人を入れ替えるだけで終わるのであれば、韓国サッカーはまたしても86体制の場当たり的な補修にとどまることになるだろう。
2026/07/01 06:47
https://japanese.joins.com/JArticle/351335