民団80年の愛国【萬物相】

投稿者: | 2026年10月12日

 愛国を語る際、よく引き合いに出されるのが、海外在住のユダヤ人の中東戦争参戦だ。アラブ人が徴兵を逃れて国を脱出する一方、ユダヤ人は参戦するため、逆に海外から入国していたというわけだ。これに勝るとも劣らない例が、若い在日コリアンたちの6・25戦争(朝鮮戦争)参戦だ。在日本大韓民国民団(民団)の呼び掛けに応じて642人が参戦し、仁川・元山上陸作戦、長津湖の戦い、白馬高地の戦いに臨んだ。どういうわけか激戦地ばかりを選んで回ったかのように、実に135人が戦死または行方不明となった。242人は日本政府に再入国を拒否され、家族と生き別れになる悲劇を経験した。

 経済面での愛国でも、民団系の在日コリアンはユダヤ人に匹敵する。韓国産業の母胎となった九老工団は、もともと在日商工人を誘致するためにつくられた産業団地だ。日本で事業を立ち上げたコーロン・グループ創業者の李源萬(イ・ウォンマン)氏が工団創立委員長を務め、資金を集めた。在日コリアンのクァク・テソク会長によるサニー電気工業(現サニー電子)を皮切りに、初期の工団の半分以上を在日コリアンの企業家が占めた。彼らの貢献はその後、亀尾工団へと広がった。「漢江の奇跡」の呼び水となったのだ。

 北朝鮮に向けた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の経済面での愛国も絶大だった。圧倒的な資金力を誇っていた1990年代初めまで、年間最大8億ドル(現在のレートで約1260億円)を北朝鮮に送金した。決定的な違いは、民団は投資資金、朝鮮総連は忠誠資金だったという点だ。韓国に流入した民団資金は、新韓銀行やロッテグループのように祖国で大きな実を結んだが、朝鮮総連の資金は、金日成(キム・イルソン)一家の私的な金庫へと静かに消えていった。朝鮮総連は、同胞の金を吸い上げる北朝鮮政権のストローに過ぎなかった。この違いが、民団の勝利と朝鮮総連の没落をもたらした。

 民団の歴史で欠かせないのが、世界史に残るに値する少数民族の人権闘争だ。伝統衣装を着て朝鮮語で話す学校を日本につくった朝鮮総連こそが在日コリアンの人権運動を主導したかのように思えるが、全く違う。北朝鮮は同胞を金日成主席の臣民と見なしていたため、日本社会に同化できる権利の獲得に否定的だった。在日コリアンの指紋登録、公務員任用制限、金融・住居の差別問題に抗議し、撤廃運動を主導したのは民団系だった。

 在日本大韓民国民団は創団80周年を迎え、7日にソウルで記念式典を開いた。高齢の在日コリアンたちが日本各地からやって来るのは、並大抵のことではなかったという。それでも創団後初めてソウルでイベントを開いたのは、祖国の関心と愛情が薄れつつあるとの危機感からだったという。彼らに対する祖国の最大の恩返しは、民団の80年にわたる愛国を忘れないことではないか。断言するが、先進国へと発展した祖国を、世界で最も誇らしく思っている人たちである。

2026/10/12 07:00
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2026/10/11/2026101180007.html

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