◇鄭仁教・元通商交渉本部長の関税交渉提言
先月31日、韓国と米国の関税交渉が妥結した。韓国は相互関税を25%から15%に引き下げる見返りとして、1年の政府予算の80%水準に達する3500億ドル規模の投資を米国に約束した。仁荷(イナ)大学国際通商学科の鄭仁教(チョン・インギョ)教授は「大きな火を消しただけ」とし、トランプ政府から「追加請求書」が舞い込むと警告した。「メインゲームはこれからだ。最大限衝撃を減らしつつ約束を履行し、産業別に具体的な対応戦略を立てなければならない」と述べた。鄭教授は、前政権で産業通商資源部の通商交渉本部長を務め、米国との初期の関税交渉を陣頭指揮した。鄭教授に5日午後、ソウル島山大路(トサンデロ)HLL中央事務室で会い、インタビューを行った。
――韓米関税交渉が妥結したが。
「通商交渉というのはスーツを着てテーブルの上に座った姿だけ見れば優雅だが、現実は戦場と同じだ。米国側はドナルド・トランプ大統領の指針や意向を繰り返し強調し、相手を萎縮させる。要求を受け入れなければ相当な不利益を被るだろうという圧迫の中でも、自分たちの主張を貫かなければならない高難易度の作業だ。ひとまず25%の関税を15%に引き下げることに成功した。最初から関税率を下げる代わりに何かを差し出さなければならない交渉だったから、損害がないというわけにはいかない」
――自由貿易協定(FTA)で元々0%だった関税が15%になったと見ることもできる。米国は関税を払わず韓国は払うのに、なぜ相互関税なのか。
「その通りだ。正確に言えば、一方の関税だ。自国の貿易赤字が多いのは、相手国の非関税障壁のためだというのが米国の基本的な認識だ。それでトランプ政府が既存になかった関税を作り出し、力の論理に従って仕方なく受け入れなければならない状況になった。ひとまず、日本や欧州連合(EU)など競争国が15%まで関税率を下げた時点で、韓国も少なくともその程度は従わなければならなかった。米国は国別に関税率を下げる代わりに、何かを得る作業を続けるだろう」
――トランプ大統領の残りの任期中、継続的に交渉しなければならないという見方もある。
「当然のことだ。最初の関門を通過しただけで、メインゲームはこれからだ。今すぐトランプ大統領の事後対応を予想することはできない。新しい関税であれ、追加関税であれ、いくらでもまた叩く可能性がある。早速、半導体と医薬品の品目関税について言及したではないか。残った品目を事実上人質に取っているわけだ。生ぬるい態度や要求を受け入れない態度を示せば、一層強気に出てくるだろう。最近のスイスへの圧迫を見れば分かる。起こったことは仕方がない。韓国の立場では最大限衝撃を減らしながら、誠意をもって約束を履行するしかない。国益全体を最上段に置き、産業別に具体的な対応戦略を立てなければならない」
――3500億ドル規模の対米投資を約束した。どう見るか。
「事実、適正かどうかの基準を探すのも難しいほど天文学的な数字だ。政府は昨年、対米貿易黒字の規模が似ていることを挙げ、5500億ドルの投資ファンドを約束した日本より良い交渉をしたと言う。しかし、貿易赤字問題をどうやって1年だけで考えるのか疑問だ。この10年間の対米貿易黒字規模を計算すれば、韓国は日本の約半分だ。日本より良い条件だとは言い切れない」
――米国側は投資による利益の90%が米国に帰属すると言っているが。
「政府では再投資レベルの言及だと主張しているが、どう解釈しても大きな問題だ。今回の投資で韓国企業も相当な負担を抱えるだろうが、企業がその過失を国内に持ってきたり、株主に還元するのに制約があるなら、これは持続可能ではない協定だ。ホワイトハウス報道官は、投資収益が米国政府に帰属し、負債返済などに使われるだろうと具体的に言及した。双方が調整していく過程で少なくない葛藤があるだろう」
――関税賦課により自動車業界の懸念が大きい。
「以前、韓米FTAを締結する際、政府は自動車関税2.5%免除を大々的に広報した。米国で販売される国産車の価格が5万ドルなら、輸出する際に関税がなくなり、約100万ウォン程度の価格競争力が生じるという説明だった。ある程度奏効した。現代(ヒョンデ)・起亜(キア)自動車の品質も向上したが、関税免除は国産車が米国でシェアを増やす原動力の一つだった。ところが、交渉でその長所は消え、欧州や日本車と同じレベルで競争することになった。多くても7~8%水準の営業利益率を考慮すれば、15%関税は事実上話にならない。現代・起亜自動車の立場では米国生産を増やすしかない」
――韓米FTAは事実上、死文化したのではないかという指摘が出ているが。「昨年基準で対米輸出の3分の1を占める自動車だけでなく、鉄鋼も50%という莫大な関税を課す。0%だった銅も50%になった。他の品目別関税もどうなるか分からない。これまで享受してきた韓米FTAの恩恵はほとんどなくなるという意味だ。何らかの形で協定に関する調整が必要に見える。このままにしておくわけにはいかない」
――米国産農産物の輸入は阻止した。
「よくやった、失敗した、と判断するのは容易ではない。関税を15%に引き下げ、コメや牛肉市場を守る代わりに、3500億ドルの投資を約束した。農産物が重要でないというのではなく、他の産業の被害を甘受してまで手をつけることができない聖域なのかは疑問がある。本当に国益のためなのか省察が必要だ」
――造船業協力拡大は4月初の「2+2韓・米協議」の時も議論された。液化天然ガス(LNG)運搬船と亀甲船の模様が刻まれた記念硬貨をプレゼントしたりもしたが。
「米国と初期交渉をする時、米国貿易代表部(USTR)に造船業関連提案をしたところ、最初の反応は『それは韓国企業にとって良いことではないか』ということだった。協力しても各種けん制を突破し、本当に意味のある成果を上げられる環境が作られるかどうかは見守らなければならない問題だ。例えば、米国で船を作るのだから米国製鉄鋼を使えと言うだろうし、技術者の需給や港湾勤労者労組問題など各議論に入れば複雑な問題が多い。造船分野の協力がトランプ氏の目を引く『グッドアイデア』の役割をしたが、重要なのは細部設計をどうするかだ」
――立ち遅れた産業基盤の再建に役割を果たせば、韓国の造船会社にとってもチャンスなのではないか。
「米国で建造した商船だけを米国の港に入出港させる『ジョーンズ法』だけ見ても分かるが、規制が第1次世界大戦水準に留まっている。世界最強の造船国だった米国が早くも競争力を失った原因だ。現段階で国家レベルの精密な計画があるわけでもない。直ちに緊急な艦艇維持・保守・整備(MRO)分野を除けば直ちに韓国企業が入って何をどのようにできるのか明確ではないという意味だ。このような状況で1500億ドルという途方もない財源を一分野に入れるというから懸念があるのは当然だ」
――過度な米国投資で企業の国内投資が減るという憂慮もある。
「ただでさえ主力産業の空洞化への懸念が大きい状況だ。しっかりした産業支援政策が必要だ。韓国企業の国内投資が減る状況だとすれば、それだけ海外から韓国に多く投資するように代案を模索しなければならないのではないか。そのためには、韓国の規制や政策方向がある程度一貫性がなければならない。外国人投資家の立場から見れば、商法改正や黄色い封筒法などは当然心配にならざるを得ない。規制を緩和して支援すると言いながら、きょうと明日で言うことが違ってはいけない。不確実性が高いが、10~20年の投資決定をする外国人投資家はいないだろう」
――今月末、韓米首脳が初めて会う。
「通商関連の議題が非常に重要に議論されるだろう。米国が今回の交渉に盛り込まれなかった問題を持ち出す可能性も高い。例えば、グーグルマップ問題や国内オンラインプラットフォーム法制定の動きなどは、米国が強く要求する可能性がある。経済安保も必ず話が出るだろう。韓国より先に米国と関税交渉を終えた国々の「ファクトシート」(合意の細部内容を説明する資料)には間違いなく経済安保関連内容が含まれている。
――具体的にどんな内容か。
「核心は中国のけん制だ。米国の対中国戦略は戦略的デカップリング(脱同調化)だ。必需品などは交易しても米国が重視する産業は中国との取引を断絶する方式だ。輸出統制から技術交流制限などを含む包括的な概念だ。トランプ政権になって中国の迂回輸出戦略を強力に遮断しているのも同じ脈絡だ」
――韓国にはどんな要求をするだろうか。
「米国の高位関係者に会ってみると、韓国の研究者が中国と交流することを非常に警戒している。特に戦略技術分野の情報や技術を持った人が中国と接触すること自体を違法と見る。日本は大学教授や研究員が中国に行く時、誰に会うのか申告し、必要ならば事前承認を受けるようにしている。韓国にはこのような制度がない。甚だしくは人材の中国流出も深刻だ。米国は引き続き韓国の意志を確認しようとするだろう」
――世界の通商の秩序が揺れ動いている。韓国はどのような選択をすべきか。
「20年以上続けてきた話だが、根本的には米・中に対する依存度を減らし、市場を多角化し、そこから解決策を見出さなければならない。米国が自らあれほど称賛していた規則基盤の貿易秩序を完全に壊してしまったことは確実になった。新たな貿易体制を考えなければならない時期であり、そのような側面から環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への加盟も本格的に議論しなければならない。直ちにEUもCPTPP加入を検討しているだけに、我々も早く参加して主導的な役割を果たす必要がある」
2025/08/08 13:05
https://japanese.joins.com/JArticle/337358