「シャオシャオ(暁暁)、レイレイ(蕾蕾)、ありがとう!」
25日午前、東京・上野動物園のパンダ館付近には、日本最後となる2頭のパンダの写真とともに、感謝の言葉が綴られたパネルがあちこちに掲げられた。この日は、2日後の27日に中国へ旅立つパンダの「シャオシャオ」と「レイレイ」が公開される最終日で、日本のパンダファンにとっては事実上の別れの日だった。
1カ月前にシャオシャオとレイレイの中国返還の知らせが伝わって以降、上野動物園はパンダを一目見ようとする人々で連日長蛇の列ができた。3〜4時間待ちの日もあったという。これに伴い、公開最終日は事前申し込みによる当選者4400人のみに観覧が限定された。動物園によると、最終枠である午後3時45分〜4時の時間帯の倍率は最高で25倍に達した。
上野動物園のパンダ館は、中央の屋外放飼場を中心に、左右に分かれた2つの室内飼育展示室で構成されている。屋外放飼場から向かって左側にはレイレイ(メス・4歳)、右側にはシャオシャオ(オス・4歳)がいる。観覧客は10〜15人ずつグループを作り、1分ごとに入場。左右それぞれの室内展示室で2分間ずつとどまって、計4分間観覧することができた。動物園の係員が観覧客の当選QRコードを確認して入場させていたが、1分ごとにタイマーが鳴ると、観覧客たちは名残惜しそうに場所を移動した。
パンダたちはササの葉や茎を無心に口に運んでいた。観覧客は、パンダが少しでも顔を向けたり、食事中にふと立ち上がって歩き回ったりするたびに一斉に歓声を上げ、パンダの名前を呼んだ。
シャオシャオとレイレイが生まれた時から4年間にわたり通い続けているという40代女性のサトウさんは、「本当に寂しい」としながらも、「中国に行っても元気に過ごしてほしいという思いで、最後の姿を見に来た」と語った。小学生の娘と一緒に訪れた40代女性のムラコシさんも、「これ以上、日本でパンダが見られなくなるのかと心配ばかりが先行する」とし、「中国とも仲良くなって、またパンダたちが日本に来てくれたら嬉しい」と話した。ムラコシさんの娘は「中国に行っても元気で楽しく過ごして」と別れの言葉を残した。
日本にパンダが初めてやってきたのは1972年のことだった。当時、中国は日本との国交正常化を記念して2頭のパンダを贈り、80年代からは寄贈ではなく貸与の形で計14頭を送ってきた。これまで日本で生まれたパンダだけでも20頭以上にのぼり、東京だけでなく他の地域の動物園でもパンダを見ることができた時期もあった。
その中でも、2010年に来日した「シンシン(真真)」と「リーリー(力力)」は、特に日本国民からの人気が高かった。国民的な関心の中で赤ちゃんが誕生したが、間もなく死んでしまい葬儀が行われたこともあった。人工授精などの繰り返しの試みの末、2017年にシャンシャン(香香)が誕生し、2021年には双子のシャオシャオとレイレイが生まれた。数度の延期を経て2023年にシャンシャンが中国へ返還され、上野動物園の象徴となったシンシンとリーリーも2024年に帰国した。地方の他のパンダたちも続々と返還されたり死んでしまったりしたため、シャオシャオとレイレイは昨年から日本で唯一のパンダとなっていた。
日本で生まれた個体を含め、パンダの所有権はすべて中国にある。2024年に中国四川省成都市へ渡った韓国エバーランドの「フーバオ(福宝)」のように、海外で生まれたパンダは規定により満2〜4歳で中国に返還される。朝日新聞によると、東京都側は中国側に対し、双子パンダの返還延期を要請しており、当初は中国側の反応も肯定的だったという。ところが、昨年11月に高市首相が「台湾有事への介入示唆」発言をしたことで中国が激怒し、両国関係が悪化すると、突如として対話の門が閉ざされてしまったという。それどころか、今年2月末までだった貸与期限が1カ月ほど前倒しになった。
新規のパンダ貸与も今後が見通せない状態だ。東京都側は交渉を継続していく立場だが、中国との外交関係が改善されない限り、難しいだろうという見方が支配的だ。
2026/01/26 08:47
https://japanese.joins.com/JArticle/343885