グローバル化で一つになりつつあった東西が再び遠ざかり、東と東、西と西も遠く隔たっている。既存の普遍が解体されるこの世界混沌の時代に、開港以来築いてきた「韓国らしさ」と「境界らしさ」を世界らしさと普遍へと高めていき、共有すべき時だ。東西遭遇以来、世界の境界という位置を経て磨き上げてきた韓国らしさは、次第に鮮明になっている。韓国らしさを、ギリシャらしさ、ユダヤ・イスラエルらしさ、ローマらしさ、インドらしさ、中国らしさ、英国らしさ、欧州らしさ、米国らしさと比肩し、広げていく時だ。各文明はあるいは理性と個人を、あるいは霊性と救済と愛を、あるいは人文と秩序を、あるいは共和と法制を、あるいは民主と常識を、あるいは団結と寛容を、あるいは開拓精神と民主共和を世界と共有してきた。
今こそ、韓国らしさの精髄を掬い出し、世界と共有しよう。人類が混沌に陥る時、歴史は常にいくつかの国家や文明を呼び出し、共通の未来に向けた新しい範例、新しい標榜としてきた。韓国らしさが共有すべき要諦は、共存と統合と共生だ。相通・相流・総合・融摂……いかなる表現であれ、内と外の緊張した出会いと深い混ざり合い、そして自己らしい普遍は韓国らしさの骨幹だった。仏教・儒教・キリスト教、中国・日本・西洋、すべて外からやってきたが、主体的内面化を通じてついには止揚し、ついには一つになった。自我が強くなければ不可能な、韓国らしい反復だった。
韓国は境界国家として、中道や中庸の観念と勢力が成功することは難しい。内と外の葛藤が激しいためだ。しかし、対立と葛藤の–極端な破裂による超短期的な主権喪失を除けば–産物および結果としての妥協と共存は、韓国を平和に、そして永く生存・持続・発展させてきた核心的要素だった。内と外の競争が繰り返されることにより、極端からは脱却するが中間に埋没することはできず、中道にたどり着くが、また別の葛藤と妥協を絶えず要求されてきたのだ。
世界への展開と共有に先立ち、内でまず最高の統合と共生の方式を精錬し、追究すべき時だ。文明とは、異なる「高さ」であるためだ。
パク・ミョンリム/延世(ヨンセ)大学教授・政治学
2026/02/20 13:47
https://japanese.joins.com/JArticle/345113