日本政界の重鎮で自民党総裁を歴任した河野洋平・元衆議院議長が8日、89歳で死去した。日帝強占期(日本による植民地時代)における「慰安婦」動員の強制性と日本軍介入を日本政府が認めて謝罪した、いわゆる「河野談話」を発表した当事者だ。
河野元議長は1967年、閣僚や副総理を務めた父親の河野一郎の後を継ぎ、神奈川から出馬して当選した。その後、衆議院に連続14回当選し、日本政界で活躍した中心人物の一人とされる。河野元議長は自民党の金権・派閥政治と腐敗を批判し、離党したことがあり、1993年の官房長官在任時には「河野談話」を発表するなど、自民党政権内で保守穏健派として活動した。河野談話では、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」と明言し、その後、1995年のアジア女性基金を通じた日本政府の対応につながった。河野元議長はまた、戦争放棄を明記した日本の平和憲法9条改正に慎重な立場を取り、中国・韓国との周辺国外交を重視した。
1994年には、自民・社会・さきがけの3党連立政権である村山富市内閣で副総理兼外相を務め、1999年には小渕恵三第2次改造内閣でふたたび外相に任命された。2003年には衆議院議長に就任した。長男は外相を務めた河野太郎議員で、3代続く政治の名門家系だ。
2026/06/10 21:00
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