グループ「コヨーテ」メンバーのペッカ「母方の曽祖父は独立運動家の秦熙昌先生…20年活動したメンバーも知らない」

投稿者: | 2026年8月17日

韓国男女混成グループ「コヨーテ」のメンバー、ペッカ(本名ペク・ソンヒョン)が、自身の母方の曽祖父が独立運動家の景林(キョンリム)・秦熙昌(チン・ヒチャン)先生(1874~1933)であることを初めて明らかにした。

ペッカは15日、自身のYouTubeチャンネルの番組で「私の母方の曽祖父は独立運動家の景林・秦熙昌先生だ」と明らかにした。

 ペッカは「20年以上一緒に活動してきたメンバーにも話したことがない」とし、「母方の曽祖父の業績に少しでも便乗するように思われるのではないかと、非常に慎重になっていた」と話した。

ペッカの母方の曽祖父である秦熙昌先生は、日本による強制併合後の1911年に中国・上海に亡命し、現地で教育事業を率いた。

韓国学中央研究院によると、秦先生は1919年4月、臨時議政院の構成に参加し、大韓民国臨時政府樹立後は軍資金の募集など臨時政府の活動を支援する役割を果たした。

ペッカは「白凡(ペクボム)・金九(キム・グ)先生の『白凡逸志』下巻に母方の曽祖父の名前が出てくる」とし、「『秦熙昌のような親しい同志たちが嫌な顔をせずに食事を提供し、私を助けてくれた』と書かれている」と説明した。

続けて「国号を大韓民国と定め、民主共和制にするという歴史的な第一歩に母方の曽祖父も加わった」とし、「昼夜を問わず臨時政府と独立運動を支え続け、結局、光復を見ることなく1933年2月に上海で殉国した」と話した。

ペッカは「母方の曽祖父が独立運動家だということを(放送などで)自慢の種にするにはその献身はあまりにも大きく重いものだった」とし、「以前から独立運動家の子孫が経済的に苦しい生活を送っているという話を聞いてきた。以前は誰かを助けられるほどの余裕がなかったが、今はそれができるようになった」と話した。

続けて「独立運動家の子孫の中に生活が苦しかったり、助けを必要としていたりする方がいれば力になりたいと思い、(母方の曽祖父の)話をすることにした」と付け加えた。

2026/08/17 13:38
https://japanese.joins.com/JArticle/353637

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