日本の報道写真家・桑原史成氏「60年間で100万カット」…韓国に魅せられた日本人が撮った現代史

投稿者: | 2026年9月7日

 彼は韓国に魅せられた写真記者だった。韓国と日本の国交が断絶していた1964年8月に初めて韓国を訪れた。60年間で100回余り韓国を訪れ、現代史の現場をカメラで記録した。外国人の冷静な視線を通して、韓日会談反対デモ、韓国軍のベトナム派遣、民主化デモ、バラック小屋が建ち並んでいた清渓川を100万カットの写真に収めた。

 日本の報道写真家・桑原史成氏(89)の写真人生を描いたドキュメンタリー映画『100万カットの記憶』(韓国原題『写真の顔』、英題『A Portrait of Photography』)が2日に韓国で公開された。映画には桑原氏の写真約1000枚が登場する。桑原氏は先日の本紙インタビューで「私が見た1960年代の韓国は、折れることのない熱望が爆発していた国だった」「韓国の歴史を目撃し、記録することができて感謝している」と語った。

 桑原氏は1936年に島根県で生まれ、1960年に東京農業大学を卒業した。幼少期に事故に遭い、右目を失明した。左目しか見えなかったが、中学生のころから写真に対する関心が強かった。当時、日本で報道写真家としてデビューするには、一つのテーマを取材して展覧会を開かなければならなかった。悩んだ桑原氏は偶然、『週刊朝日』に掲載された熊本県水俣地方の水銀中毒(水俣病)の記事を見た。その年の5月に水俣を訪れた桑原氏は、住民たちと一緒に毎日魚を釣るなどして、心を開かせた。曲がった体ではなく、無言の悲劇を写真に収めた。病気で視力を失った少女が天井からつり下げられた折り鶴を見つめる写真などが大きな注目を集め、1962年に日本写真批評家協会新人賞を受賞した。

 別のテーマを探していた桑原氏の視線は韓国に向けられた。「東西冷戦の隙間で苦闘する分断国家の歴史が、私を捉えて離さなかった」と話す。韓国で最も多く耳にした言葉は「ケ××(犬野郎)」や「チョッパリ(日本人の蔑称)」だった。魚屋の店主に汚水を浴びせられたこともあった。桑原氏は「そんな言葉を言われても、腹が立ったり恨めしく思ったりはしなかった」「私にとって取材は戦闘であり、私は戦士なのだから、ののしられたからと言ってやめれば、資格がないと思った」と言った。

 1960年代後半、清渓川の写真をたくさん撮った。「早朝、子どもたちが川で遊ぶ姿に生命力を感じた」という。「なぜ貧しい人々の写真を撮るのか」と問われ、写真撮影を止められると、「建物が貧しいからといって暮らしている人々の表情まで貧しいわけではない」と言って撮り続けた。

 妻は韓国人の崔和子(チェ・ファジャ)さん(82)だ。韓国外国語大学日本語科を卒業し、企業で日本語の通訳をしていた和子さんと1969年の取材中に出会った。1年5か月の間、手紙をやり取りし、1970年に結婚した。プロポーズの手紙の最後の行に「私には借金があります」と書いた。この日のインタビューで通訳を務めた和子さんは「借金があっても大丈夫だと思った」「誠実な記者に見えた。信頼して暮らしていけそうだと思った」と語った。

 和子さんが日本に渡るときに持っていったのは布団一式だけだった。和子さんは「日本で暮らしていて寂しかったり、つらかったりした時もあったが、『桑原は韓国人と結婚したら写真が悪くなった』と言われないよう、何としても我慢した」「ドキュメンタリー映画を見て、自分の人生が間違っていなかったように思えたので、ありがたい」と語った。桑原氏は「私は家族の一員としては失格だ」「妻のおかげで歴史を残すことができた」と言った。

 今回のドキュメンタリー映画は、桑原氏が撮影した慶尚北道聞慶の陶磁器の写真から始まる。韓国で粉青沙器といえば犬のエサを入れる皿程度にしか思われていなかった時代、桑原氏は「貴重な歴史だ」と言って取材に行き、「幻の茶器を焼く陶工」という記事で韓国の陶磁器を日本に紹介した。2019年にドキュメンタリー映画『火の息』(英題:The Breathing of the Fire)を撮影したコ・ヒヨン監督が当時の写真を目にし、桑原氏に直接会いに行ったことが『100万カットの記憶』撮影のきっかけとなった。

 制作中の苦労もあった。画像編集ソフトがない時代に写真記者になった桑原氏は、今回のドキュメンタリー撮影時も「ありのまま」にこだわった。「もっと良いカットが必要だから、同じ動きでもう一度だけ撮らせてほしい」と監督が頼むと、桑原氏は「それはドキュメンタリーではないだろう」と拒否し、制作スタッフに冷や汗をかかせた。

 桑原氏は今も現役だ。毎年5月に行われる水俣病犠牲者の慰霊祭を訪れている。最後のテーマとして、統一された南北を撮影したいと考えているそうだ。桑原氏は「たとえ南北統一が実現したとしても、私がこの世を去った後になりそうで残念だ」と語った。

 ドキュメンタリー『100万カットの記憶』は日本でも5日に公開される。13日まで開催される大韓民国歴史博物館の特別企画展「風の通り道 DMZ」では、桑原氏が記録したDMZ(非武装地帯)の写真を見ることができる。桑原氏は「私が見た韓国の現代史は血と汗と涙の歴史だ」「若い方々が私のドキュメンタリーを見て、韓国の歴史をもう少し理解してくださるなら、私にとってこれほどありがたいことはないだろう」と語った。

2026/09/07 09:00
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2026/09/06/2026090680029.html

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