「よりにもよって李完用(イ・ワンヨン)、尹徳栄(ユン・ドクヨン)とともに3大売国奴と呼ばれる朴重陽(パク・チュンヤン)だとは」
国立中央博物館(国中博)の関係者が舌打ちするのも無理はない。特別展『私たちの食卓』で愛国志士の朴源根(パク・ウォングン、1912~1950)の書として紹介された遺墨が、親日反民族行為者である朴重陽(1874~1959)のものだったことが遅れて明らかになったためだ。博物館側は展示から1カ月余り経って外部からの情報提供でこの事実を知り、作品を撤去した後、検証に乗り出した。各界の専門家7人で構成された諮問委員団は多角的に調べた末、一時「朴源根」という名前を使っていた朴重陽が日本留学時代に書いたものだとの結論を出した。独立運動家の愛国心を表すものとして解説されていた「一飯是國恩(一膳の飯も国の恩恵だ)」という文句も、全く異なる文脈で読まれることになった。
韓国人の食文化の原型や歴史などを振り返る今回の展示にこの遺墨が掲げられたのは、食文化に関連する昔の言葉や表現も添えて鑑賞しようという趣旨からだった。これに先立ち、競売にも愛国志士の朴源根の書として出品され、貸し出した所蔵者もそのように認識していたという。「愛国志士の遺墨」という前提が検証に先行したことで、「遺物そのものに語らせよ(Let the objects speak)」という古くからの原則が揺らいだ。
さらに掘り下げれば、単なる遺物の考証の失敗とだけ見ることはできない。国立中央博物館の常設展示室は先史・古代館、中・近世館など計7館39室で構成されているが、日帝強占期に特化した展示室はない。最近、兪弘濬(ユ・ホンジュン)館長も「歴史年表上、日帝強占期が空白になっているのが問題」とし、常設展示室第2館の建設時に日帝強占期室を新設すると明らかにした。この時期を専攻する人材がいない状況で、関連遺物を購入・所蔵しようとする努力も不足しており、企画展を開いたことも数えるほどしかない。
皮肉にも、今日の国立博物館の歴史は1915年に設立された朝鮮総督府博物館から始まった。当時、どのような遺物が調査・収集され、どのような過程を経て所蔵品となったのかは、韓国の博物館の歴史でもある。植民地支配下で文化財を調査・収集した博物館の役割まで見ていけば、当時の光景を新たに復元することができる。独立運動家の遺物だからといって、直ちに愛国の証拠になるわけでもなく、そうでないからといって歴史的意味が消えるわけでもない。その複雑さ自体が、博物館が見つめるべき真実に近い。
日帝強占期室の新設は「空間」の確保に先立ち、この複雑さから目を背けない姿勢から出発しなければならない。遺物に語らせ、その声を覆い隠さないようにしてこそ、遺物は善悪を判断する道具ではなく、歴史の証拠となる。「愛国志士の遺墨騒動」が国中博に投げかけている問いもそこにある。
カン・ヘラン/文化先任記?
2026/09/10 10:31
https://japanese.joins.com/JArticle/354871