「歴史を新たに刻んだ男たち」。
国際テニス連盟(ITF)は20日、韓国男子代表チーム(クォン・スンウ、チョン・ヒョン、ホン・ソンチャン、ナム・ジソン、パク・ウィソン)をこう表現した。世界8強(ファイナル8)に進出し、韓国テニスの歴史をまた塗り替えたことに対する賛辞だ。韓国は19日、ソウル市松坡区(ソンパグ)のオリンピック公園テニスコートで行われた2026年デビスカップ(杯)ファイナルズ進出決定戦2回戦で、難敵インド(19位)を3―1で破った。1回戦でアルゼンチンを3―2で退けたのに続く2連勝だ。
1900年に始まったデビス杯は100年以上の歴史を持つ、世界で最も古く規模が大きい国別対抗球技大会の一つだ。159カ国が予選から激しい戦いを繰り広げ、主催者、メディア、選手はこの大会を「テニスワールドカップ(W杯)」と呼ぶ。テニスは徹底した個人競技だ。それだけに国の名誉を懸けて戦うこの舞台での誇りとプレッシャーは格別だ。
ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチといったレジェンドも、国から招集されればグランドスラム大会と同じくらいデビス杯を重視した。ナダルはスペインを何度も優勝に導いて涙を流し、ジョコビッチもセルビア代表としてコートに立った。グランドスラム優勝とはまた違う次元の愛国心と国家代表の象徴だからだ。テニスは欧州、南米、北米まで幅広い競技人口を持つグローバルスポーツだ。韓国はその舞台でテニスの普及が進まない限界を乗り越え、1960年の初出場から66年ぶりに史上初の8強入りを果たした。これまでの最高成績はベスト16で、5度進出していた。2022年にファイナルズ方式が導入されて以降、アジアの国で初めて達成した快挙だ。
原動力となったのは韓国テニス界が待ち望んでいた「ワンツーパンチ」だ。韓国テニスを代表するクォン・スンウ(29歳、世界157位)とチョン・ヒョン(30歳・、49位)は全盛期が一度も重ならなかった。チョン・ヒョンが韓国選手として初めてグランドスラム大会(全豪オープン)でベスト4に進出した2018年、遅咲きのクォン・スンウは大学生の有望株だった。クォン・スンウが急成長した翌年からはチョン・ヒョンが足の裏、腰、足首のけがに苦しみ、下り坂を歩んだ。そして2023年にはクォン・スンウまでがスランプに陥った。同年の杭州アジア大会男子シングルス2回戦で世界ランキング636位のカシディット・サムレジ(タイ)に1―2で敗れると、悔しさを抑えきれずラケットをコートに何度もたたきつけた。早期敗退で兵役免除を逃しただけでなく、「マナーが悪い選手」という批判まで受けた。
チョン・ヒョンが先に復活した。昨年1月のインドネシア大会(AMMAN MINERAL)で5年5カ月ぶりに優勝してけがを克服し、3月には日本の早稲田大学インターナショナルオープンと筑波大学MEIKEIオープンテニスを相次いで制した。今年5月にはタイ・ナコンパトム大会の決勝でサムレジを破り、クォン・スンウの代わりに雪辱を果たした。インドとの初日の競技では2人目のシングルス出場選手として登場し、3時間6分に及ぶ激闘の末、逆転勝利した。「技術、体力、集中力の3つをすべて取り戻した」との評価が出ている。
クォン・スンウの復活は今年だ。国軍体育部隊に入隊したクォン・スンウは弱点だったメンタルを立て直し、けがの治療をしながらトレーニングに打ち込んだ。その結果、今年4月の光州オープンチャレンジャー、5月の中国無錫オープンチャレンジャーを相次いで制した。7月のウィンブルドンでは2回戦まで進出し、さらに成熟したプレーを見せ、先月除隊した。今回のインド戦ではシングルス2試合をともに勝利し、エースとしての役割を果たした。クォン・スンウは「軍隊に行って成熟した。太極旗(韓国の国旗)を胸に付けてプレーすると、一人でなくチームメートやファンと共に試合をしているような感覚があり、あきらめたくなる瞬間にもまた力が湧いてくる」と語った。
次の舞台はファイナルズだ。準々決勝は11月24日にイタリアのボローニャで行われる。クォン・スンウは「テニスはどうなるか分からない。どのチームと対戦してもおもしろそうだ」と自信を表した。
2026/09/21 08:33
https://japanese.joins.com/JArticle/355316