仕事の後に148キロの投球、これが日本の社会人野球

投稿者: | 2026年9月29日

 韓国野球はアジア大会5連覇を果たしたが、韓国内の野球ファンの間で最大の話題となったのは、日本代表選手たちが所属する「社会人野球」だった。韓国は27日の決勝で日本を3対1で破り金メダルを獲得したが、まさに「傷だらけの栄光」だった。

 プロ野球のスター選手でチームを組んだ韓国は、日本の「会社員アマチュア」を相手に2試合でわずか3得点、6失点で1勝1敗だった。韓国戦2試合にいずれも先発した左腕投手の樋口新(24)は、最速148キロの速球を武器に10イニングでわずか1失点(防御率0.90)、8つの三振を奪った。王子製紙野球部所属の樋口は最近のインタビューで「事務所の清掃や荷物運びなど、指示された業務は午前中にすぐ終え、午後は野球の練習に集中する」と語った。

 日本の社会人野球は、同好会メンバーの週末の趣味である韓国の社会人野球とはまったく異なる。高校や大学までエリート選手として活動したものの、プロ野球の球団の指名を受けられなかった選手たちがプレーする舞台だ。通常は午前中に職場へ出勤し、午後は地域・全国大会出場に備えた練習に専念する。会社によっては大会出場が近づくと、練習だけに集中できるよう業務を免除するケースもある。銀行の窓口で顧客対応をしたり、鉄道の改札口で業務をこなすなど、職種も多様だ。選手によって差はあるが、平均年収は406万円から533万円程度と推定される。日本の一般事務職労働者と同水準だ。今年の韓国プロ野球選手の平均年収は1億7536万ウォン(現在のレートで約2032万円)だ。

 日本野球連盟(JABA)に登録された社会人野球チーム344チームのうち、企業の運営する95チームの選手は準プロ級の実力を備えている。日本プロ野球の1軍選手とはかなりの差はあるものの、時速140キロ台の球を安定して制球できる投手が多い。試合レベルも、韓国プロ野球球団がアジア枠の選手を主に探す日本の独立リーグに劣らず、上位チームは独立リーグより戦力が上との評価もある。同好会メンバーが所属する「クラブチーム(249チーム)」は相対的に選手層が薄いが、千葉ロッテマリーンズで10年間活躍した岡田幸文(引退)のように、育成選手を経てプロ野球入りしたケースもある。

 日本がアジア大会にプロではなく社会人野球の選手を派遣する背景には、プロ野球の日程との衝突を避ける理由のほか、潜在力のある選手に「代表選手」という名誉を与え、アマチュア野球の裾野をより強固にするという戦略がある。実際、社会人野球での活躍がプロ入りの足掛かりになることもある。2006年ドーハ・アジア大会で日本が韓国を10対7で破った、韓国で言うところの「ドーハの惨事」の際、日本の先発投手だった小松聖は翌年オリックス・バファローズに入団し、新人王まで獲得した。米大リーグ(MLB)で新人王に輝き、通算123勝を挙げた野茂英雄も、企業チーム(新日本製鉄堺)を経てプロで成功した代表的な人物だ。

 100年近い歴史を持つ日本の社会人野球の人気は、プロ野球に劣らない。1927年に毎日新聞主催で創設された「都市対抗野球大会」は、関東、東北、北海道など地域別予選を勝ち抜いたチームがしのぎを削る、日本で最も権威ある社会人野球大会だ。毎年東京ドームで開かれるこの大会と、11月に京セラドーム大阪で行われる「社会人野球日本選手権大会」では、各企業の役職員が動員され、プロ顔負けの熱い応援合戦を繰り広げる。

 韓国にも日本の社会人野球に似た「実業野球」が存在した。韓国にプロ野球がなかった1970年代から1980年代初めまで、金奉淵(キム・ボンヨン)、金宇烈(キム・ウヨル)、金在博(キム・ジェバク)、張孝祚(チャン・ヒョジョ)、李善熙(イ・ソンヒ)らが実業野球の舞台で活躍した。1982年にプロ野球(KBO)が発足すると、彼らは相次いでプロの舞台に移って大活躍し、細々と命脈を保っていた実業野球チームも2000年代初めに解散の道をたどり、歴史の中に消えていった。

2026/09/29 14:47
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2026/09/29/2026092980123.html

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