日本の主要野党である公明党の新代表、岡本三成氏が、在日韓国人の3世として生まれ、20代の頃に日本国籍を取得したことを明らかにした。
岡本代表は、党代表選出直後の去る3日、自身のユーチューブチャンネルの生配信で「1965年に佐賀県で在日韓国人の3世として生まれた」とし、「大学を卒業する時にはもう日本人の感覚だった。日本人のコミュニティで普通に生きてきて、これからも日本が大好きで、日本で生きていこうと思ったので、日本国籍を取得した」と語った。岡本代表は「韓国語は話せるか」という質問に対し、「残念ながら韓国語は話せない」とし、「何かの機会があって勉強できればよかったのだが、両親も韓国語が話せないから、(私も)言葉はできない」と付け加えた。韓国に生まれて初めて訪れたのも、30代後半の頃、ゴールドマン・サックスの出張で行った時だったという。
党代表として初の臨時国会開会を迎えた5日、記者団から国籍に関する質問が相次ぐと、岡本代表は「政党代表の職責を受けることになり、このタイミングでお伝えできることはなるべく伝えたいとの思いだ」と述べた。共同通信の報道によると、インターネットなどで自身の国籍をめぐりインターネット上で誹謗中傷があった点も、国籍について説明した理由に挙げた。
「公明党再建」という重責を担った岡本代表の経歴も注目されている。岡本代表は1965年に佐賀県で生まれ、日本の創価大学在学中に英国のグラスゴー大学へ留学した。大学卒業後、シティバンクに入社し、米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院で経営学修士(MBA)を取得した後、グローバル投資会社のゴールドマン・サックス証券など金融業界で約20年間勤務した。その後、公明党から「ラブコール」を受け、2012年に初めて衆議院議員に当選して以来、6期目を務めている。政府では財務省副次官、公明党の要職である政務調査会長などを歴任した。
岡本代表は2024年、インターネット政治メディア「政治ドットコム」とのインタビューで 「2001年の米国9・11テロ当時、世界貿易センター近くの建物で仕事をしていたが、目の前で何千人もの罪のない人が亡くなった」とし、「なぜ同時多発テロが起こってしまったのかを考えるとともに、政治の責任を強く感じた。そんな中で、2011年に公明党の幹部の方から『次の総選挙に出馬しないか』とお話をいただいた」と、政界入りの経緯を説明した。
公明党は6日、公式サイトで、岡本新代表が前日、秋の臨時国会の開会に関連し、「最大の焦点は物価高対策として、どのような政策を届ければ国民の皆さんに喜んでいただけるかだ」とし、「政策実現に向け、政策実現へ攻めの論戦に徹していこう」と述べたことを伝えた。
公明党は1999年から自民党と連立政権を組んできたことでよく知られている。だが、昨年の自民党総裁選で当時の高市早苗候補が勝利すると、「(首相指名選挙の投票用紙に)到底高市早苗とは書けない」として「自公連立の白紙化」を宣言した後、野党体制へと入った。今年初めの中院(下院)選挙の際、公明党の枠組みを維持したまま、衆議院のみにおいて第1野党の立憲民主党と新党「中道改革連合」を創党した。しかし、選挙での惨敗を受け、最近では中道改革連合に送り込んでいた議員たちを復帰させ、「岡本党代表体制」へと陣容を整えている。
2026/10/06 18:45
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