「日本政府、朝鮮人虐殺を謝罪せよ」…山田昭次教授、死去

投稿者: | 2025年3月28日

 1923年の関東大地震時に発生した朝鮮人大虐殺に関する歴史的事実の解明に尽力した立教大学の山田昭次名誉教授が15日、誤嚥性肺炎で死去したと朝日新聞が27日報じた。享年95。

 埼玉県で生まれた故人は1953年、立教大学文学部史学科を卒業し、1962~1995年に母校で講義を行った。1964年に韓日会談反対運動に参加したことで、本格的に在日コリアンと過去の問題に関心を持ち始めたという。

 2003年には著書『関東大震災時の朝鮮人虐殺:その国家責任と民衆責任』を出した。著書は当時の関東大震災朝鮮人虐殺に関する資料をほとんど網羅しており、この問題に関する実証的研究の最高峰という評価を受けた。特に、日本の警察や内務省、陸軍などの公文書資料だけでなく、過去の新聞、調査、団体などの資料をもとに、6000人以上が死亡した当時の虐殺事件を正確に記録した。山田教授はその年の朝鮮新報とのインタビューで「朝鮮人虐殺事件から80年が経つが、日本政府はいまだに事件に関する調査結果も発表せず、謝罪も行っていない」として、「歴史研究家、日本市民として、その後、事件をあいまいにしてきた責任を追及することはできる」と述べたりもした。独立活動家の朴烈(パク・ヨル)烈士の妻であり天皇制に抵抗し、23歳のときに獄中で自殺した日本人女性アナーキストの悲劇的な人生を追跡した著書『金子文子:自己・天皇制国家・朝鮮人』を出したりもした。

 故人は北朝鮮問題についても積極的だった。2001年に著書『日朝条約への市民提言』を出し、北朝鮮に対して韓国は「太陽政策」を前面に出し、米国は「ペリー報告書」を提示しているにもかかわらず、日本だけは北朝鮮と日本の問題に対する対処は活発ではないと指摘した。さらに、山田教授は、北朝鮮と日本の国交正常化のための方向性を提案したりもした。この他にも、山田教授は、第2次世界大戦時の被害国である朝鮮と中国の視線と観点で書いた『植民地支配・戦争・戦後の責任:朝鮮・中国への視点の模索』『近現代史のなかの日本と朝鮮』『朝鮮人戦時労働動員』などの著書を通じて、朝鮮半島問題を深く掘り下げた。故人はまた、1970年代初期に「在日同胞スパイ団事件」で拘束された徐勝(ソ・スン)・徐俊植(ソ・ジュンシク)兄弟の救援活動を行うなど、韓国との特別な縁を持ち続けてきた。

2025/03/28 00:37
https://japan.hani.co.kr/arti/international/52782.html

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