映画『国宝』の李相日監督「天才を目の当たりにして挫折した俊介…ポン・ジュノを追ってきた私も同じだった」(1)

投稿者: | 2025年12月22日

「俺な、今、一番欲しいの、俊ぼんの血ぃやわ。俊ぼんの血ぃコップに入れてガブガブ飲みたいわ。守ってくれる血ぃが俺にはないねん」

19日に韓国で公開され、17万人の観客を動員した日本映画『国宝』は、芸術を極限まで磨き上げようとする二人の物語だ。極道の家に生まれながら、日本の伝統芸能である歌舞伎役者としての才能に溢れた喜久雄(吉沢亮)は、歌舞伎の名門一家出身の俊介(横浜流星)に「お前の血がうらやましい」と打ち明ける。歌舞伎の女形として最高の演技を目指す二人の友情とライバル意識、そして芸の継承の過程を、秀麗な映像美で描き出している。

 他のどの映画よりも「日本らしい」この作品を生み出したのは、『フラガールズ』『怒り』などで韓国でも広く知られる在日同胞の李相日(イ・サンイル)監督(51)だ。16日、東京都内のホテルで会った李監督は、「芸術家として極限を追い求めるという点で、『国宝』の主人公たちは私の分身のような存在」と語った。『国宝』は日本で観客動員1200万人を突破し、実写映画として歴代最大の興行記録を打ち立てたことに続き、来年初めに開かれる第98回アカデミー賞国際長編映画部門の「ショートリスト」(最終候補作リスト)に入るなど、世界市場でも注目を集めている。著名俳優のトム・クルーズさんが『国宝』を観て感動し、11日には李監督を米国に招いて試写会を開いたこともあった。

–血統か才能かをめぐる物語だが、日本国外でも反響が大きい。「韓国や他の国でも血統が重視される分野はあるかもしれない。代々技や思考様式、哲学を継承していく伝統芸術において、血統は一種の“証明書”のようなものだ。才能のあるなしにかかわらず、伝統を継がねばならない運命を背負う人にも、逆に血統を持たず自らを証明しなければならない人にも、それぞれ難しさがある。結局、喜久雄と俊介の二人は、互いに相手にないものを求めつつ、同時に相手が手に入れたものを尊重する関係だ。そうした関係性こそが、この映画の魅力だと思う」

◇「私の映画は日本映画、ルーツは韓国」

–在日韓国人である監督にとって、血や血統とはどのような意味を持つのか。

「日本で生まれ育ち、日本の文化や食、風景、友人たちの中で感覚や考え方が形作られてきた。言語や思考のかなりの部分が日本社会から生まれている以上、私が作るものは“日本映画”だと思っている。しかし私には韓国という“ルーツ”があり、そのルーツを大切にしているからこそ、韓国名で監督活動をしている。そうした二つのアイデンティティの間に、ある種のバランスがあると感じている」

–映画の登場人物を自分の分身のような存在だと言っていたが。

「“アウトサイダーであり在日コリアン”という観点から分身かと問われれば、そうではないと答えるしかない。ただし、喜久雄の生き方、芸術を極限まで磨き上げたいという思いは、私自身にもある。ある側面では、俊介も私に似ていると感じる」

–どのような点が似ているのか。

「自分よりも才能のある人を、最も近い場所で見て挫折する姿だ。『自分もああなりたい』『あれを超えたい』と思う、その気持ちは本当によく分かる」

–そうした対象はいるか。

「本当にたくさんいる。例えば、イ・チャンドン監督やポン・ジュノ監督のような方々だ。20年以上、彼らの背中を追い続けてきた感覚がある。『ああはなれないのだろうか』と思いながらも、近づきたいと願ってきた」

2025/12/22 13:56
https://japanese.joins.com/JArticle/342464

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