1882年は雨が降らない年だった。高宗は6月2日(陰暦4月17日)、「農作業のことを思うと本当に心配だ」として、祈雨祭を命じた。2日後の4日には、ソウルの三角山(サムカクサン)、木覓山(モンミョッサン)、漢江(ハンガン)、7日には龍山江(ヨンサンガン)の楮子島(チョジャド)で天に祈ったが、雨の知らせはなかなか聞こえてこなかった。
激しい干ばつで民心が荒れ狂うなか、1年以上にわたり俸給を受け取れなかった旧式兵士たちが騒動を起こしたという「急報」が伝えられた。領議政の洪淳穆(ホン・スンモク)は7月19日、高宗に訓錬都監の軍卒が前日に「13カ月間俸給を支給せず、今やっと1カ月分を支給したというが、この程度のものなのか」と怒り、「倉庫番を殴打」したと報告した。国庫が底をついたのは、王室の贅沢と閔氏一族の腐敗のためだった。黄ヒョン(ファン・ヒョン)は歴史書『梅泉野録』に、「両殿(高宗と明成皇后)が一日に千金を消耗」し、「戸曹と宣恵庁の公金を公然と持ち出して使い、1年もたたずに大院君が10年かけて蓄積した貯蓄米がすべて失われた」と書いた。
この「積弊」の核心であり、閔氏一族のトップにあたる宣恵庁堂上の閔謙鎬(ミン・ギョムホ、1838～1882)は、苛酷に対応した。倉庫番を殴った訓練都監の砲手である金春永(キム・チュニョン)、柳卜万(ユ・ボクマン)、鄭義吉(チョン・ウィギル)、姜命俊(カン・ミョンジュン)らを捕らえて処刑しようとした。我慢できない家族が不当さを訴え、各地に通達文を回し始めた。2カ月前の5月に米国などの西洋列強と修好通商条約を結び、開放の第一歩を踏み出した朝鮮の統治体系を事実上マヒさせた、壬午軍乱という大惨事が始まる瞬間だった。
怒った兵士たちに貧民も加勢し、23日には閔謙鎬の自宅に押し寄せ、乱暴を働いた。怒りに任せて行ったことだったが、当時の最高権力者の家を壊した以上、全員の死は必至だった。目の前が真っ暗になったこれらの者たちは、閔氏一族に抵抗できる事実上唯一の“政治的対抗馬”である興宣大院君に会うため、雲峴宮に集まった。大院君と都市の貧民を結ぶ“政治的な輪”は、腐敗して無能な閔氏一族を除去し、開港以来、朝鮮経済を奈落に突き落としている日本勢力を抹消することだった。
実際、朝日修好条規(江華島条約)の締結によって日本との「無関税貿易」が始まると、朝鮮経済は大きな痛手を被り始めた。日本に流出するコメは、開港翌年の1877年の474石から1880年には9万3288石に増加した。しかも、1882年は干ばつが続き、米値が大幅に上昇した。9月には仁川(インチョン)開港まで予定され、朝鮮の民衆の不満と不安が極限に達した状態だった。大院君と会見した兵士たちは武器を奪取し、閔氏一族の家と当時は西大門(ソデムン)の外にあった日本公使館を襲撃した。翌日の24日には昌徳宮にも乱入し、明成皇后を殺そうとした。大院君は、嫁をあまりにも嫌っていたためか、遺体も確認しないまま王妃が死んだとして、国葬を宣言した。
駐朝鮮日本公使の花房義質(1842～1917)が動乱を知ったのは、日曜日の23日午後3時ごろだった。群衆と対立した花房は24日深夜に公使館を脱出し、済物浦(チェムルポ)に着いた。そこで船に乗って出国し、26日に近くの海域で英国の測量艦「フライング・フィッシュ号」に救助された。なんとか29日に長崎に到着し、公使館襲撃の知らせを東京に打電した。
至急電は30日深夜0時30分、外務省に到着した。外務卿の井上馨は翌日に緊急閣議を開き、朝鮮に対する要求事項を決めた。140年あまりが過ぎた現在に呼んでも目が痛くなるほど、苛酷な要求が加えられたこの訓令は、『日本外交文書』15巻(1882年分)の226～229ページに記されている。日本は、公式謝罪▽被害・遺族に対する賠償と補償▽主導者の逮捕・処罰に加え、▽被害・消耗した軍備の賠償▽朝鮮政府の責任が大きい場合、巨済島(コジェド)または松島(ソンド、鬱陵島(ウルルンド))の割譲まで要求する方針を決めた。さらに、朝鮮が誠意を示さない場合、兵力を動員して仁川(インチョン)を占領するよう指示した。そこで、熊本に配備された1個大隊の兵力を、金剛・比叡・清輝・日進の4隻の軍艦と3隻の運送船に乗せて、朝鮮に派遣した。それだけではなかった。戦時混成旅団を編成した後、命令が出ればいつでも出兵できるよう、福岡に待機させた。腐敗に対抗した軍人の自然発生的な暴動が大院君の権力欲と結合し、東アジア全体を揺るがす深刻な「国際紛争」にまで拡大したのだ。単なる紛争ではなく、鬱陵島を奪われかねない残酷な国難になり、朝鮮の足を奪おうとしていた。
この絶体絶命の危機のもと、朝鮮と清の「有事同盟」が機能した。駐日清国公使の黎庶昌は8月1日、本国にソウルで動乱が起きたことを知らせ、翌日には日本が朝鮮に出兵したことを伝えた。北洋大臣兼直隷総督の李鴻章は母親の喪に服していたため、張樹声が代理が対応を担当した。
ちょうど天津には、朝鮮の領選使の金允植(キム・ユンシク、1835～1922)と、後に朝鮮を代表する財務官僚として名を知られることになる問議官の魚允中(オ・ユンジョン、1848～1896)が滞在していた。2人は、開放が必要だという点では高宗および明成皇后と意見が同じ「穏健開化派」だった。ふたたび「鎖国時代」に戻るわけにはいかなかった。この事態が大院君の仕業であることを直感した2人は、「中国はただちに軍艦数隻を派遣して陸軍1000人を乗せ、夜を徹してでも東に行くべきだ」と述べた。張樹声は外交専門家の馬建忠(1845～1900)や統領北洋水師の丁汝昌らを急いで朝鮮に派遣した。これらを乗せた清の軍艦の威遠・超勇・揚威は10日夜に仁川に到着した。
事態を把握した馬建忠は、朝鮮をこのままにしておくと「花房と井上が軍艦を率いて漢江(ハンガン)に大挙して集まるだろう」として、「そうなれば、朝鮮は必ずひどい害毒を被ることになるだろう」と報告した。日本の勢力が強まり、清の宗主権は弱まるという懸念だった。やがて、広東水師提督の呉長慶が指揮する大規模な兵力が20日、南陽府馬山浦(ナンヤンブ・マサンポ)に到着した。清と日本の軍艦が対峙する済物浦には殺伐とした雰囲気が漂った。
強硬な要求案を携えて朝鮮に戻った花房は、16日に護衛兵を導いてソウルに入城し、20日に昌徳宮重煕堂で高宗と面会した。花房はこの日朝鮮に、遺族・負傷者に5万円の慰労金の支給▽日本の損害と出兵の段取の費用の賠償など8項目を要求した。回答期限は「3日」後の23日正午までとした。朝鮮が21日に会談延期を要請すると、すぐに「交渉決裂」を宣言した。清の軍隊が迅速に到着していなければ、ただちに仁川を占領した後、鬱陵島と巨済島の割譲を要求したかもしれない。
大院君から日本が「最後通告」をしてきたという知らせを受けた馬建忠は、8月の照りつける日差しのなかで急いで動いた。清と日本の“非公式会談”は24日、仁川で行われた。この息の詰まるような会談は、馬建忠が書いた『東行三録』に記録されている(キム・ジョンハク著『興宣大院君評伝』より再引用)。馬建忠は花房にクーデターをすぐに鎮圧する意向を表明した。「朝鮮国王とその臣下は日本の公使との相談を希望している。しかし、現時点で政権を握っているのは、国王ではなく執政(大院君)だけだ。(中略)なにとぞ了察していただくことを希望する」。話を理解した花房は翌日、「今日明日中に(朝鮮の)全権代行を仁川に派遣するのであれば、交渉再開もあえて辞退しない」と一歩引いた。小雨が降った26日夕方、大院君は拉致され清の保定に強制連行される。
青の介入で大院君が除去された後、日本と朝鮮の間で交渉が始まった。奉朝賀の李裕元(イ・ユウォン)を全権大臣に、戸曹参判の金弘集(キム・ホンジプ)を副大臣とする朝鮮代表団が、急いで済物浦に向かった。2人は28日夜10時、日本の軍艦「比叡」で花房との会談を始めた。3日間の会談の最後の30日に済物浦条約が締結された。日本の強硬な要求を前にして対応できなかった朝鮮は、何と50万円に達する損害金(第4款)と、公使館の警備のための「若干名の兵員駐留」(第5款)という要求を受け入れた。朝鮮が毎年日本に支払うことになった10万円は、当時の朝鮮の歳入の7%に達する巨額だった。
日本の圧力に屈した金弘集は馬建忠に手紙を送り、「恥ずかしくて悔しくて死にたい」(慚恨欲死)と書いた。壬午軍乱は、発端は閔氏一族の腐敗が原因で、国を滅ぼす惨事に拡大したのは大院君の権力欲のためだった。清の介入によって鬱陵島の割譲などの最悪の事態は免れたが、内政干渉が露骨になる代価を支払うことになる。
この事態の展開で最も強く苦痛を感じたのは、王権が制約されることになった高宗だった。清が宗主国であることを掲げ、一朝一夕に大院君を拉致できるのであれば、高宗の廃位も同じく可能ではないか。この隙間を乗じて「自主朝鮮」を掲げた金玉均(キム・オッキュン)や朴泳孝(パク・ヨンヒョ)らの「急進開化派」の主張が力を得ることになる。甲申政変の芽が生え始めたのだ。
キル・ユンヒョン|論説委員。大学で政治外交を学ぶ。東京特派員、統一外交チーム長、国際部長を務め、日帝時代史、韓日の歴史問題、朝鮮半島をめぐる国際秩序の変化などに関する記事を書いた。著書は『私は朝鮮人カミカゼだ』『安倍とは誰か』『新冷戦韓日戦』(以上、未邦訳)『1945年、26日間の独立―韓国建国に隠された左右対立悲史』(吉永憲史訳、ハガツサ刊)などがあり、『「共生」を求めて』(田中宏著)『日朝交渉30年史』(和田春樹著)などを翻訳した。
2024/04/30 18:54
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