在米韓国人のクロエ・キム(米国)が、五輪3連覇達成こそ逃したものの、晴れやかな表情で金メダルを手にしたチェ・ガオン〔世和(セファ)女子高〕を祝福した。慕っている後輩と共に表彰台に立ったクロエ・キムは、誰よりも明るい笑顔を見せた。
クロエ・キムは13日(日本時間)、イタリア・リヴィーニョのスノーパークで行われた2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季オリンピック(五輪)のスノーボード女子ハーフパイプ決勝で88.00点を記録し、銀メダルを獲得した。金メダルは90.25点を出したチェ・ガオンが手にした。
クロエ・キムは競技後のインタビューで、チェ・ガオンに対し「とても誇らしく、これからの活躍が楽しみ」と語った。AP通信は「クロエ・キムが、自身がインスピレーションを与えた10代の少女に五輪タイトルの座を譲り渡した」と伝えた。
韓国人の両親のもとに生まれたクロエ・キムは、今大会に出場した約2900人の選手の中でも指折りのスターだった。主要外信が選ぶ「注目すべき選手」リストには必ず名を連ね、頂点に立てばスノーボード史上初となる五輪3連覇という金字塔を打ち立てることができた。
先に女子スノーボード・アルペンのエステル・レデツカ(チェコ)、ビッグエアのアナ・ガサー(オーストリア)がいずれも3連覇挑戦に失敗したのに続き、クロエ・キムもその夢をかなえることはできなかった。3人の挑戦者全員が、あと一歩のところで阻まれる格好となった。
クロエ・キムは2回目の試技まで88.00点で首位を守っていた。しかし、チェ・ガオンが3回目で90.25点を出し、順位が逆転した。
最終走者としてスタートしたクロエ・キムは再逆転を狙ったが、滑走途中に転倒し、得点を伸ばすことができなかった。
冬季五輪のスノーボードで金メダル3個を獲得した選手は、「伝説」ショーン・ホワイト(米国)が唯一だ。ショーン・ホワイトは2006年トリノ、2010年バンクーバー、2018年平昌(ピョンチャン)大会で頂点に立っている。
ショーン・ホワイトは前日の予選から会場を訪れて後輩たちを応援していて、この日の現場にはクロエ・キムの交際相手である米プロフットボール(NFL)選手のマイルズ・ギャレット(米国)も姿を見せた。
クロエ・キムは先月スイスでの練習中に左肩を負傷し、五輪直前まで十分な準備ができていなかった。それでも予選を1位で通過し、決勝でも2回目まで首位に立つなど、衰えぬ実力を証明した。
2018年平昌で歴代最年少(17歳10カ月)で金メダルを獲得したクロエ・キムは、今大会でその記録をチェ・ガオン(17歳3カ月)に塗り替えられ、王座もまた後輩へと譲ることになった。
クロエ・キムは競技終了直後から表彰式まで明るい笑顔を絶やさなかった。順位が決まると、クロエ・キムはチェ・ガオンに真っ先に歩み寄り、祝福の言葉をかけた。
二人はライバル関係にあるが、競技場の内外で深い信頼と友情を築いてきた間柄だ。チェ・ガオンはクロエ・キムをロールモデルとして成長し、世界トップクラスの選手へと躍り出た。クロエ・キムもまた、チェ・ガオンを実の妹のように可愛がっていることで知られている。
今大会中に開かれた記者会見でも、クロエ・キムは「ガオンのことは幼いころから見てきたし、本当に大好き」とし、「このような大きな舞台で彼女を見るのは、本当に感慨深い」と語っていた。また、チェ・ガオンを見るとき「時々、鏡越しに自分や自分の家族を見ているような気分になることもある」と格別な愛情を表した。
クロエ・キムが直・間接的に支えていたことが分かるエピソードもある。チェ・ガオンが選手生活の初期、海外遠征中に怪我をした際、同じ場所にいたクロエ・キムが通訳を買って出て助け、食事を共にしながらさまざまなアドバイスを送ったという。
現在、チェ・ガオンを指導しているベン・ウィスナー・コーチとの縁も、クロエ・キムの家族による紹介がきっかけだった。米国マンモスマウンテンでスノーボードとフリースタイルスキーのディレクターを務めているウィスナー・コーチは、クロエ・キムの父親の紹介でチェ・ガオンを指導することになり、今回の五輪まで同行した。
クロエ・キムは「ガオンは『マイ・ベイビー』だ。小さい頃から知っているが、本当に誇らしい」とした上で、「自分がかつてメンターたちを負かしたとき、彼らがどんな気分だったか分かった気がする。初めて感じる感情だが、本当に特別な瞬間だ」と、自分のことのように喜んだ。続けて「自分が永遠に(王座に)いられないことは分かっていたし、素晴らしい選手たちの手に(タイトルが)渡ったことが嬉しい」とし、「私のメンターたちがそうしてくれたように、私もガオンのために最善を尽くしたい」と語った。
2026/02/13 10:40
https://japanese.joins.com/JArticle/344826