「きょうはにおいが少し違う」「圧力は正常だが流れがおかしい」。
石油化学工程でこうした言葉は単純な感覚的表現ではない。設備の微細な振動とにおい、音、季節と原料変化にともなう工程反応は長い経験を積んだ熟練者が最初に識別する。事故を防ぐ最後の信号であり、いわゆる「名匠のノウハウ」と呼ばれる産業安全の核心資産だ。
だが高齢化でこうした熟練技術が途絶える懸念が大きくなっている。政府が現場の暗黙知(言葉で説明しにくい経験知識)を人工知能(AI)に移植する「製造暗黙知開発事業」に出た背景だ。
ハンファトータルエナジーズのペク・ヒョンハク氏(国家品質名匠)は27日に中央日報とインタビューで「事業所に名匠が12人いたがほとんどが定年退職しいまは4人しか残っていない」と現場の状況を伝えた。ペク氏は「10年ごとに解体するタンクは中に何度も入ってみた人だけが知る内部構造や危険がある。こうしたノウハウを自主的に動画などで残しているがすべて残すには力不足」と伝えた。
韓国労働研究院の「製造業雇用高齢化国際比較」によると、韓国の製造業で60歳以上の高齢層の割合は2010年の5.4%から2025年には17.5%と15年で約3.2倍に増えた。同じ期間に日本は14.2%から16.6%に1.2倍の増加にとどまり、ドイツも5.1%から12.8%に約2.5倍増加した。製造業強国のうち高齢化の速度だけみれば韓国が最も速い。
産業通商部が自動車、造船、鉄鋼など10分野で製造名匠の暗黙知をAIが学習できる形に加工し、これを産業現場に活用する「製造暗黙知基盤AIモデル開発事業」を最優先課題として推進する理由もここにある。だが労働界の懸念と反発も少なくない。韓国労総は「莫大なデータを蓄積した事業遂行企業がこの成果を独占することになるのではないかと疑問を感じる」と懸念を表わした。
ペク氏が提示した解決策は「労使協力型設計」だ。ペク氏は「化学業界はスマートプラントが最も高度化された分野のひとつだが、これまでロボットは人を追いやる存在ではなく人がより安全に働けるように助ける装置である点を経験してきた。労使間の絶え間ない疎通も続いてきただけに取って代わられるという恐れは比較的少ない」と話した。続けて「これに対し自動車業界など一部製造現場ではこうした恐れがもっと大きいかもしれないだけに、この事案をめぐり労使間で十分な疎通が重要だ」と強調した。
現場作業者が直接参加してAIが学習した暗黙知を検証する体系が必要だという指摘も出る。成均館(ソンギュングァン)大学システム経営工学科のシン・ワンソン教授は「熟練者の経験は記録されなければ消えるが、信頼なく記録されれば葛藤を生みかねない。人の経験を産業資産と認定して尊重する方式の転換と現場の漠然とした懸念を減らすための疎通が前提になるならば韓国の製造AX強国達成に推進力を得るだろう」と強調した。
2026/05/28 10:42
https://japanese.joins.com/JArticle/349731