外交において自尊心と国益が常に同じ方を向くとは限らない。2001年4月、中国海南島近くの上空で中国の戦闘機と米軍のEP-3偵察機が衝突した。米国の偵察機は海南島に緊急着陸し、米国の乗員24人は中国に拘束された。事故の責任をめぐり双方の主張が対立し、中国が米国の公式謝罪を要求したことで、両国関係は一触即発の危機に向かった。当時のブッシュ政権のコリン・パウエル国務長官は「謝罪(apology)」は米国の責任を認めることになるため受け入れられないと線を引いた。その代わりに中国人操縦士の死には遺憾の意を表し、米偵察機の中国領空進入と着陸については「深い遺憾(very sorry)」と述べた。米国は原則を曲げない一方で中国が引き下がる名分を与え、最終的に拘束されていた乗員を取り戻した。原則を守りながら実利を得たのだ。
これとは反対の事例が2012年の韓日対立だ。李明博(イ・ミョンバク)大統領は光復節(解放記念日)を控え、現職大統領として初めて独島(ドクト、日本名・竹島)を訪問した。実効支配している韓国の領土を大統領が自ら訪れ、主権を守る意志を示す行動だった。しかし外交的には領土問題を国際社会に浮き彫りにする結果を招いた。日本は直ちに大使を召還し、国際司法裁判所への提訴を進めるなど反発した。さらに李明博大統領が「天皇が訪韓したいのであれば、独立運動で亡くなった方々を訪ねて心から謝罪すればよい」と発言したことで、両国関係は1965年の国交正常化以降で最悪となった。
この2つの事例が示しているのは、外交において「自分が正しいことを証明すること」と「自分が望むものを得ること」は異なるという事実だ。現在、韓国とウクライナの北朝鮮兵捕虜送還をめぐる対立もこうした観点で見る必要がある。ウクライナのゼレンスキー大統領が捕虜の韓国行きを公表すると、韓国政府は非公開の合意を破ったとして謝罪を求めた。一昨日、国会外交統一委員会の国政監査に出席した趙顕(チョ・ヒョン)外交部長官は、ウクライナの外相から謝罪の言葉を含むメッセージを受け取ったと明らかにした。しかし「我々が考えるレベルとは差がある」とし、断固たる措置を予告した。「真実を隠していては関係を発展させることはできない」とし、駐ウクライナ大使の召還を含む追加措置まで検討していると述べた。李在明(イ・ジェミョン)大統領がX(旧ツイッター)に「相手国の国家元首を嘘つきにした」と投稿し、強く批判したのと軌を一にする。
ところが趙長官はウクライナとの非公開合意に関する資料を公開するよう求めた野党議員の質問に対しては「公開する必要はない」という趣旨の答弁をした。ウクライナとの外交関係を管理し、信頼を回復しなければならないためという説明だ。なら、関係正常化を望んでいると言いながら、公開の場で謝罪の水準を高めるよう求め、追加の措置にまで言及することが果たしてその目標に合うのか。
ウクライナが実際に合意に違反したのであれば、どちらに非があるのかを明らかにしなければいけない。捕虜の安全と人権がかかる問題であるだけに軽く済ませることもできない。しかし相手に公の場で頭を下げさせることが国益なのか、それとも謝罪は水面下で受けて再発防止の確約を得て、捕虜の安全と戦後復興協力という実利を確保することがより大きな国益なのかは、冷静に考える必要がある。
ウクライナ戦争は韓国と無関係ではない。北朝鮮軍がロシアに派遣され、北朝鮮とロシアの軍事協力も拡大している。戦後のウクライナ復興は韓国企業の実利にもつながる可能性がある。最近ウクライナが韓国石油製品の対ロシア輸出を問題視したのも、今回の対立を単なる両国間の感情的な争いとして見ることができない事例だ。欧州がロシアに対する強力な制裁を維持しながらウクライナを支援している状況も同時に考慮しなければいけない。
いま必要なのは、誰が嘘をついたかを最後まで突き止める真偽の争いではない。公の場での応酬で問題を拡大させるより、水面下の交渉で対立を収束させる出口を見つけるべきだ。何のために踏みとどまり、何のために譲歩するのか。その答えは過去の外交の教訓から見いださなければいけない。
パク・ソヨン/論説委員
2026/10/08 16:00
https://japanese.joins.com/JArticle/356064