2時間息を止めて2000m潜水するミナミゾウアザラシ

投稿者: | 2025年8月2日

 小学生のころ、友人たちと水遊びをしていたときに、水に溺れたことがある。水深はそれほど深くない場所だったが、足を踏みはずして自分の背丈より深いところに落ち、必死にもがいて水をいっぱい飲み込みながらなんとか抜け出した。その後しばらくは水辺に近づけなかった。何かの理由で口や鼻に水が入ると、あの日の恐怖を思い出して息が苦しくなった。何より、自由に水中を泳ぐ動物たちを見ると実にすばらしいと思い、水に入れない人間としての肉体の限界を感じた。

 実際に人間の体は水中生活には適していない。肺呼吸をするので、エラを持つ魚類とは違って水中で長時間持ちこたえることができないためだ。水中に深く潜ると高い水圧に耐えられず肺などの内臓組織が圧縮されて傷つき、高圧状態では酸素と窒素が血液により多く溶け込み、窒素麻酔や酸素中毒の症状が発生する。潜水を職業とする済州(チェジュ)の海女も、通常は1分ほどの潜水で、10~20メートル程度の浅い水深にとどまる。訓練されたダイバーはさらに深く長く潜水したりもするが、数分間ほど長く耐えられるくらいに過ぎず、100メートル以上潜るためには緻密な減圧計画を立てなければならない。

 しかし、人間のように肺呼吸する哺乳類であるにもかかわらず、長く深く潜水可能な動物が存在する。人間に似た外形のため、人魚伝説のモデルになった動物の一つである、海洋哺乳類のアザラシだ。アザラシは人間とは比較できないほど驚くべき潜水能力を持つ。特に、ミナミゾウアザラシ(southern elephant seal)の平均潜水時間は28.4分、平均潜水深度は443.8メートルにも達し、体重が3トン近くにもなる重いオスは、最大で120分間息を止め、2388メートルまで潜水した記録がある。軍事用潜水艦の潜航深度が最大830メートルであることを考えると、まさに驚くべき数値だ。ゾウアザラシはどうしてこのように長く深く潜水できるのだろうか。

 ゾウアザラシも深海を潜るときには、非常に強い圧力にさらされる。しかし、水圧で肺が圧縮されることを防止する独自の特別な方法がある。まず、ゾウアザラシは胸郭が非常に柔軟だ。そのため、圧力が上昇しても胸郭は損傷することなく柔軟に対応できる。また、水圧によって肺と気管(trachea)の空気移動を調節でき、圧力が高まれば意図的に肺の空気の空間を減らし、気管に空気を移動させる。これを学術用語で「肺崩壊(lung collapse)」と呼ぶが、肺が崩壊してなくなるという意味ではなく、肺の体積を減らして肺の損傷を防ぐ生理的な適応現象だ。肺にあった空気が気管に移動することで、肺は非常に小さくなり、圧力が上昇して破裂することなく耐えられるようになる。また、肺にあった空気を気管に移しておけば、空気が血液と接触して気体交換が起きる現象を阻止できる。これにより、強い圧力に露出した際に、空気の窒素や酸素が血液に拡散することで発生する潜水病を防止する。この過程は、圧力の変化に応じて生理的に柔軟に調節され、深海潜水を終えたアザラシが水面近くに浮上して圧力が低下すると、気管の空気はふたたび肺に戻り、本来の体積を回復する。

 深海に入るためには、圧力に耐えることも重要だが、何より息を長く止めた状態で限られた酸素を効率的に使わなければならない。肺崩壊によって酸素供給が止まった状態で体を動かさなければならないため、ゾウアザラシは、潜水中には心拍数を1分あたり4~6回にまで極端に下げ、酸素消費を減らす。そして、体の全体的な代謝率も低め、酸素消耗を減らすセーブモードに変え、エネルギー使用を最小化する。しかも、生存に必須である脳と心臓にだけ集中的に酸素を供給し、他の臓器へ向かう血流は制限する選択的血流供給が可能であるため、長時間水中で耐えることができる。また、筋肉内に酸素を保存する能力も優れている。ゾウアザラシの筋肉細胞の内部には、ミオグロビンが非常に高い濃度で分布しており、必要な際には迅速に供給できる。また、他の分類群に比べ体重に対する血液量が高く、ヘモグロビン含有量も多いため、潜水中には細胞呼吸が必要なところにすみやかに酸素を送り込むことができる。ゾウアザラシは単に深く潜るのでなく、遠くまで長時間泳ぐ。毎年9月から翌年2月までの約6カ月間の繁殖期が終わると、残りの6カ月間は海上を数千キロメートル移動し、この期間中は陸にはほとんど上がらないまま、水中を移動したりエサを食べたりしながら多くの時間を過ごす。亜南極圏(subantarctic)のケルゲレン諸島(Kerguelen)で繁殖するミナミゾウアザラシは、繁殖期が終わると南極海まで平均2789キロメートル泳ぎ、ふたたび繁殖期になると元の棲息地まで広い海を絶え間なく泳いで戻る、平均190日間の長期の旅をしながらエサを摂取する。

 他の誰よりも深く泳ぎ、水中を自由に移動できるのであれば、他の動物が探せないエサを取ることができる利点があるだろう。しかし、暗い水中でどのようにしてエサを探せるのだろうか。太陽光は海の深いところには届かず、水深200メートルですら何もみえないほど真っ暗だ。水中の音波を利用して反響でエサを探す動物もいるが、アザラシにはそうした能力はない。代わりに、ゾウアザラシはネズミやネコが鼻ひげを利用して暗闇の中でエサの動きを感知するように、口の周辺に生えているひげを利用して魚やイカを捕まえる。2022年に日本と米国の研究チームが、ゾウアザラシのほおに赤外線LED照明を搭載した小型ビデオカメラを装着し、水中でひげの動きを撮影したところ、深い水中でエサが近づくときは、必ずひげが動き、すぐに口を開いて獲物を飲み込む姿が確認された。ゾウアザラシは、哺乳類の中ではひげ1本あたりの神経線維数が最も多く、鋭敏に水中の動きを感知できるため、魚がエラ呼吸をするときに発生する小さな水の流れの変化まで識別することができる。

 極地でペンギン科アザラシの観察を始めた10年ほど前から、私も水中に入ってみたいと思うようになった。海洋動物の目でみる水中の世界はどのような姿なのか気になった。幼いころの記憶が原因で水に恐れを抱いていたが、スキューバの装備の助けを借りて、少しずつ恐怖を克服した。アザラシのおかげで、水深20メートル以上潜水できる資格証も取得し、フィリピンやメキシコの海ではカメとジンベエザメのそばで一緒に泳ぐ経験をした。水中の色鮮やかな多くの生命体を直に見ると、アザラシがなぜあのように深く潜水することになったのか、納得がいった。アザラシは誰でも簡単に入ることができない深さまで到達してエサを探そうと思い、アザラシだけの方法で生理的限界を克服し、潜水能力を進化させた。そのような努力のおかげで効率的に体を調節し、海底を巧妙に探検できるようになり、誰も手を出せない深海の獲物を巧みに捕まえる特別な戦略を身につけることができた。

2025/07/08 09:13
https://japan.hani.co.kr/arti/culture/53849.html

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