プーチン、トランプ、そして強者の論理【コラム】

投稿者: | 2026年1月7日

 強者と弱者との殺伐とした弱肉強食の論理を初めて明瞭な言葉で表現したのは、トゥキュディデスの『戦史』に登場する「大国」アテネの人間だった。紀元前416年、大兵力でメロスを包囲したアテネは、降伏を勧告しつつ「強者はなせることをなし、弱者は苦しめられるべくして苦しめられる」と述べた。メロス人は「普遍的な善の原則を守ることが、あなたたちにとって利益になるだろう」と説得するが、「道徳の論理」は「力の論理」には勝てないものだ。敗れたメロスの男たちは捕らえられて皆殺しにされ、女子供は奴隷にされた。

 時間がたつにつれ、大国の論理は少々洗練されていった。朝鮮半島から清を追い出して朝鮮を掌握しようとした日本は、1894年8月1日、明治天皇の名で宣戦の詔勅を発表した。彼らの掲げた開戦の大義名分は、驚くべきことに「朝鮮の独立」と「東洋の永続的平和」だった。「朝鮮は帝国が其の始に啓誘して列国の伍伴に就かしめたる独立の一国たり」、「(清のやりたいようにやらせておくと)東洋の平和をして永く担保なからしむるに存するや疑ふべからず」。この論理に従って日本は最初は清、次にロシアを破り、朝鮮を植民地にする。しかし、日本の考えた「東洋の平和」の向こうに待っていたのは満州事変、日中戦争、太平洋戦争とつながる、長く苦しい戦争に過ぎなかった。

 2度の恐ろしい世界大戦を経験した人類は、ついに国際紛争を平和的方法で解決することを決断する。国連憲章に則れば、武力使用が正当化されるのは侵略に抗して自衛権を行使する時、国連安全保障理事会の決議を経た時だけだ。

 すると、大国はあらゆる奇妙な論理をひねり出すようになる。ロシアのプーチン大統領は2022年2月24日、ウクライナへの侵攻に際し、それをドンバスの同胞を保護するための「特別軍事作戦」と命名した。今月3日にベネズエラでマドゥロ大統領に対する「首切り作戦」を展開した米国も、そのことを単なる「法の執行(law enforcement)」だと強弁している。ルビオ国務長官は4日、自分たちはマドゥロをベネズエラの合法的な国家首班と認めたことはなく、彼は麻薬犯罪で米国の裁判所に起訴されているため、今回の作戦は「侵攻」ではなく「逮捕作戦」に過ぎないと述べた。その過程で驚くべき先端兵器と最精鋭の特殊部隊が投入されたに過ぎない。中国も後日、台湾を征服してから、我々はただ統一を完遂したに過ぎないと言うのではなかろうか。

2026/01/06 13:55
https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/55114.html

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