日帝強占期当時、朝鮮の儒林(ユリム)の独立への意志が込められた「パリ長書」の直筆原本が初めて公開された。
国立韓国文学館は3・1節を迎え、当時の儒学者らが志を集めて作成した日帝強占期の独立運動資料であるパリ長書の原本を25日、報道陣に公開した。今回公開された原本は、草案を担当した郭鍾錫(クァク・ジョンソク)の直筆で作成されたもので、後年の漢学者である李家源(イ・ガウォン)とチョン・ムヨンが拝観記(作品を鑑賞した後に記した記録)を付け加えたものだ。
パリ長書は1919年の3・1運動直後、独立宣言書の民族代表に儒学者が含まれなかったことを遺憾に思った金昌淑(キム・チャンスク)が、全国の儒林を結集して作成された独立請願書だ。解放後、成均館(ソンギュングァン)大学を設立した金昌淑は、日帝強占期の独立運動を主導した儒学者だ。
パリ長書の草案は金昌淑の師である郭鍾錫が担当し、全国の儒学者137人が名を連ねた。パリ長書には、パリ平和会議に出席する各国代表に向けて「真に万国が平和であるというのなら、わが韓国も万邦の一つであるのに、どうしてわが国だけが平和でないことがあろうか」と訴える内容が盛り込まれている。
完成した文書は、パリ平和会議に大韓民国臨時政府代表として派遣された金奎植(キム・ギュシク)に送られた。しかし、この文書はパリ平和会議の公式議題として採択されなかった。臨時政府代表団に実際に伝達されたかどうかも明確には確認されていない。その後、日本側にパリ長書作成の事実が発覚し、20人余りが投獄された。郭鍾錫は投獄の後遺症で1919年8月に殉国した。
パリ長書はこれまでさまざまな記録を通じて内容が知られてきた。しかし、直筆原本は郭鍾錫の子孫が保管しており、これまで外部に公開されたことはなかった。最近、国立韓国文学館が競売を通じて原本を確保し、初めて公開されることになった。
韓国文学館の関係者は「パリ長書は国際社会に朝鮮の独立への意志を知らせ、当時の現実を訴えた歴史的文書」とし、「文学的記録であると同時に、独立運動資料として大きな意味を持つ」と説明した。
韓国文学館は来年からパリ長書の原本を一般公開する計画だ。現在、ソウル市津寛洞(ジングァンドン)で建設中の新館で一般観覧者に公開される予定だ。
あわせて韓国文学館は毎月「今月の文学人」を発表する方針だ。初月となる3月の「今月の文学人」として、パリ長書作成で中心的な役割を果たした郭鍾錫と金昌淑を選定した。
2026/02/26 13:41
https://japanese.joins.com/JArticle/345386