696年ぶり帰還の仏像が「模造品」?…金銅観音菩薩坐像の数奇な物語

投稿者: | 2026年5月18日

 「観世音菩薩様の傷はまだ癒えていませんでした。当時(倭寇による略奪)を想像すると、この地に住んでいた民衆がどれほど挫折し、悲しみ、苦しんだかが感じられるようです。子孫の道理として、今日ようやくその荷を少し下ろせるのではないかと思います」

 花まつり(24日)を1週間後に控えた17日午前、忠清南道瑞山市浮石面(ソサンシ・プソンミョン)の浮石寺(プソクサ)で執り行われた金銅観音菩薩坐像の奉安式で、大韓仏教曹渓宗浮石寺の住職を務めるウォヌさんはこう語った。1330年に浮石寺の本尊として制作されたこの仏像は、高麗末に倭寇に略奪された。700年近くの歳月が流れ、この日、本来の場所に戻り、市民の前に姿を現した。

 仏像は座禅を組み(結跏趺坐)、右手を上げ、左手を下ろした下品中生印の姿勢をとり、薄い微笑みを浮かべて浮石寺を訪れた300人あまりの市民を迎えた。本物では損傷して消失している宝冠、台座、光背(後光)も復元され、より威厳ある姿になっていた。

 この仏像は実は複製品だ。浮石寺が本物ではなく模造仏を安置した背景には、数奇で悲しい事情がある。2012年、韓国の文化遺産窃盗団が日本の対馬にある観音寺から金銅観音菩薩坐像を密かに韓国に持ち込む事件が発生した。曹渓宗は、結縁文(制作記録)によって仏像が浮石寺で制作されたことが確認されたとして、翌年、大韓民国を相手取って占有移転禁止の仮処分を申し立てた。

 浮石寺も2016年に国を相手取って仏像引渡し請求訴訟を起こし、翌年の一審判決では勝訴した。しかし6年後の2023年に二審で判決が覆され、同年の最高裁判決でも観音寺が勝訴。歴史的にこの仏像が浮石寺で制作され、同寺に安置されたのは事実だが、現時点で所有権は日本民法上の取得時効が完成している観音寺にある、との判断だった。

 「本物」の仏像は、昨年1月24日から5月5日までの浮石寺での100日間の親見法会を最後に、再び日本へと渡った。代わりに忠清南道歴史文化研究院と観音寺が協議し、複製品を制作して浮石寺に安置することとなった。

 複製品は、仏像の最初の形を復元することに重点を置いて制作された。観音寺が公式に複製を許可し、日本の大阪にあるクモノスコーポレーションが3D(3次元)スキャンしたデータを無償で提供した。それをもとに忠清南道歴史文化研究院は、数百年の歳月を経た細部の彫刻や表面の質感の微細な屈曲まで精密に復元した。

 合金比も分析が行われ、諮問会議を経て模造品の材質を本物と同じにした。本物には失われているが、初期制作時には存在したと推定される宝冠と台座も加えられた。

 この日の奉安式に参列した市民は、ようやく安心したという反応を示した。キム・カプスンさん(73)は「本物が日本にあって残念だが、複製であっても見ると心が安らぐ。(略奪された本物とは異なり)複製品はしっかりと保存されていってほしい」と語った。

2026/05/17 17:08
https://japan.hani.co.kr/arti/politics/56207.html

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