昨年もイスラエルに拘禁された韓国人、再び拿捕…命懸けでガザへ向かう理由(1)

投稿者: | 2026年5月21日

イスラエルによるガザ地区の海上封鎖が、再び韓国の外交懸案へと発展している。ガザへ向かう国際支援船団に乗っていた韓国人活動家らが、2日連続で拿捕されたためだ。

◇韓国人の相次ぐ拿捕、李大統領にも波及

 20日、市民団体「パレスチナ解放のための航海韓国本部(KFFP)」によると、韓国人活動家と韓国系米国人が乗船した支援船「リナ・アル・ナブルシ号」は、19日午後8時50分(現地時間、日本時間20日午前2時50分)、イスラエル軍に拿捕された。18日には、別の韓国人活動家が乗船していた「キリアコスX号」が、キプロス近海の公海上で拿捕された。

ガザ地区は韓国政府が指定した渡航禁止地域であり、許可なく訪問した場合、旅券法違反で処罰対象となる可能性がある。この日拘束された韓国人活動家は、昨年10月にもガザ入りを試み、イスラエル軍に拘束された後、釈放されたことがある。

◇2009年に宣言された海上封鎖…17年続く「出航と拿捕」の歴史

ガザ地区で続いている「支援船団の出航―拿捕―追放―再出航」という悪循環は、今に始まったことではない。イスラエルによるガザ地区の海上封鎖の歴史は、2009年1月にさかのぼる。これに先立つ2006年、パレスチナの武装組織ハマスがパレスチナ議会で多数派を占めたことを受け、イスラエルが打ち出した措置だ。すると国際人権団体が動き出した。2008年、「フリー・ガザ・ムーブメント」は数回にわたり海路でガザ地区への航行を続け、イスラエルは拿捕で対抗し、2009年1月に海上封鎖を公式に宣言した。

その後も続いたイスラエルと人権団体の対立は、2010年5月に転機を迎えた。トルコの人権団体が主導して組織した「ガザ自由船団」6隻のうち、イスラエル軍の攻撃を受けた「マビ・マルマラ号」では、乗船者9人が死亡した。

この事件をめぐって、国連人権理事会(UNHRC)がイスラエル軍の措置は容認できないと批判するなど、波紋は大きかった。ただし、ジェフリー・パーマー元ニュージーランド首相が率いた別の国連調査委員会は、2011年9月、いわゆる「パーマー報告書」を通じて、イスラエル軍による拿捕の過程は過剰だったとしながらも、「海上封鎖」自体は国際法上合法だと判断した。

◇封鎖突破の象徴となった支援船団

その後、2010年代半ばから最近まで、ガザ入りの試みと拿捕は半ば恒例のように繰り返されるようになった。人権団体側が支援物資を積んだ大規模船団がガザへ向かうと事前に公表すると、イスラエルが「テロ支援と同じだ」と警告した上で、拿捕後に追放するという構図が繰り返されてきた。

著名な活動家たちが集まる点も特徴だ。昨年6月、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん、フランス欧州議会議員のリマ・ハッサン氏ら活動家12人は、「自由船団連合(FFC)」所属の帆船「マドリーン号」に乗ってガザ地区へ向かったが、拿捕された。

その後追放されたグレタ・トゥーンベリさんは、3カ月後の9月、南アフリカ共和国初代大統領ネルソン・マンデラ氏の孫であるマンドラ・マンデラ氏ら約500人とともに「グローバル・スムード船団(GSF)」を結成し、再びガザ地区へ向かったが、結果は同じだった。同年10月、韓国人活動家を乗せて拿捕された船舶もFFC所属だった。2008年から2016年までにガザ地区へ出航したこれら人権団体の船舶31隻のうち、実際にガザ沿岸へ到達したのはわずか5隻だった。2010年以降は接岸事例がないという。

2026/05/21 12:00
https://japanese.joins.com/JArticle/349410

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