朝鮮半島で「産油国の夢」を現実のものにしようという試みは、70年近くの長い歴史がある。
最初の挑戦は1959年、全羅南道海南郡牛項里(ヘナムグン・ウハンニ)一帯で国立地質調査所によって始まった。当時、この地域で石油と天然ガスが埋蔵されている可能性の高い海成岩層が発見され、2年後には地下167メートルまでボーリング作業が行われた。一部に油徴が認められたが、それ以上の成果はなかった。
政府が本格的に石油開発に取り組み始めたのは、1978年の済州南端の「第7鉱区」の韓日共同開発から。しかし50年近くにわたって、石油も発見されず探査の放棄もできない中途半端な状態が続いている。1970年代から80年代にかけて、海外の大手石油企業が資本も技術もない韓国に代わって東海(トンヘ)海盆と南海(ナムヘ)海底に油田の可能性を見出し、探査したものの、ついに石油は発見されなかった。ただし、1998年に東海ガス田で経済性のある天然ガス層が発見され、6年後に初めて商業生産が行われるなど、多少の成果もあった。
直近の例は、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権時代のいわゆる「シロナガスクジラ・プロジェクト(東海深海ガス田事業)」だ。2024年6月3日に尹錫悦大統領(当時)は、生中継された国政ブリーフィング第1号で自ら、「最大で140億バレルの石油とガスが埋蔵されている可能性が非常に高い」と発表。アン・ドックン産業通商資源部長官(当時)も「埋蔵価値はサムスン電子の時価総額の5倍ほど」とあおった。しかし、韓国石油公社が1年3カ月後に事実上経済性がないことを認めたことで、シロナガスクジラ・プロジェクトは巨額の損失を残して虚しく終わった。
現在も石油資源開発作業は止まっているわけではない。政府と石油公社は、東海の鬱陵(ウルルン)海盆の深海地域などでの石油・ガスの埋蔵可能性を完全に排除してはいない。第7鉱区での韓日共同開発の余地もまだ消え去ってはいない。海外油田の開発などに投資してエネルギー安全保障を強化するとともに、輸入依存を低減する取り組みも続けられている。
2026/06/09 06:00
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