今日のK(韓国)防衛産業は大韓民国を代表する輸出ブランドだ。K2戦車やK9自走砲、FA-50軽攻撃機、チョンム多連装ロケットなどが世界市場で相次いで採用され、KF-21戦闘機「ボラメ」は韓国が独自の戦闘機開発能力を備えた国になったことを見せている。2010年代初頭まで年間20億~30億ドル水準にとどまっていた防衛産業輸出の契約額は2023年に135億ドルに急増したのに続き、昨年は154億ドル(約22兆ウォン)を記録した。韓国はいつの間にか世界10位圏の武器輸出国という地位を築いた。
しかし最近の海外事業の結果は、K防衛産業が新たな競争段階に入ったことを示している。韓国はオーストラリアのSEA3000護衛艦事業で日本に押され、ポーランドの潜水艦事業やカナダの次世代潜水艦事業でも欧州防衛関連企業の厚い壁に阻まれ、期待していた成果を上げられなかった。これは、K防衛産業がより高次元の戦略的試練に直面していることを表している。実際、オーストラリア護衛艦事業や欧州・北米の潜水艦受注戦で激しい攻防を繰り広げる中で直面した壁は、単なる性能の差によるものではなかった。
防衛産業の輸出は自動車や家電を販売するのとは違う。兵器の導入は今後数十年にわたりその国と安全保障体制を共有し、産業のサプライチェーンを形成する「国家間同盟」を選択することだ。性能と納期だけでは十分でない。最近の事例も、大規模な防衛契約を後押しする政策金融限度額拡大や輸出金融体制の改編、現地生産・技術移転パッケージ、そして首脳外交と連動した国家レベルの安保公約が結合した「コリア・ワンチーム」の戦略システムなしには、次の段階へ進めないことを示している。いまやゲームの規則が変わりつつある。価格と納期ではなく、AIとソフトウェアが勝敗を左右する時代だ。K防衛産業も新たな基準で競争力を再点検するべき時だ。
◆防衛産業輸出は国家間同盟の選択
韓国が防衛産業の育成に本格的に乗り出したのは1970年代初めだった。1968年の「1・21事態(青瓦台襲撃未遂事件)」やプエブロ号拿捕、蔚珍(ウルチン)・三陟(サムチョク)武装ゲリラ侵入事件は、北朝鮮の軍事的脅威が観念ではなく現実であることを見せた。同時に米国はベトナム戦争の負担の中で「ニクソン・ドクトリン」を発表し、在韓米軍の削減に着手した。韓国は、同盟国がいつまでもすべての安全保障上の負担を代わりに負うことを期待できない状況に直面した。
朴正煕(パク・ジョンヒ)政権が出した答えは「自主国防」だった。しかし自主国防は兵力を増やすだけで達成できるものではなかった。銃や弾薬を作り、戦車や艦艇を生産し、戦争が起きても海外のサプライチェーン断絶に耐えられる産業基盤が必要だった。1970年に国防科学研究所(ADD)が創設されたが、研究所一つだけで兵器を作ることはできなかった。戦車には特殊鋼と精密機械が、艦艇には大型造船所が、ミサイルには化学・電子・制御技術が必要だった。航空機を作るには、素材やエンジン、電子機器やソフトウェアが欠かせなかった。結局、防衛産業を育成するには、国家の産業全体を同時に向上させる必要があった。
1970年代の重化学工業育成政策にはこうした戦略的な目的もあった。浦項製鉄(ポスコ)の鉄鋼は戦車や艦艇の素材となり、昌原(チャンウォン)機械工業団地は火砲や機械装備生産の中心となった。現代重工業の造船能力は海軍艦艇の建造能力へとつながり、自動車産業の大量生産と品質管理の経験は軍用車両や装甲装備の生産に活用された。電子産業の成長はレーダーや通信、指揮統制システムや誘導兵器開発の基盤となった。
このようにK防衛産業は産業化の副産物ではなかった。むしろ国家が必要とする兵器を作るために鉄鋼、造船、機械、電子を育てた「産業化戦略」の一部だった。今日の韓国の防衛産業が強みとしている価格、納期、生産能力は、半世紀前に生き残りをかけて構築した産業基盤から出発した。自動車、造船、鉄鋼、機械、電子産業で蓄積した大量生産と品質管理、そして緻密に張りめぐらされた国内のサプライチェーンが規模の経済を生み出した結果だった。
過去50年間の韓国の兵器体系の発展を見ると、産業技術の成長過程がそのまま表れている。1980年代に米国の技術協力で開発されたK1戦車は、多くの主要構成品を海外の技術に依存していた。しかしその経験は、自動装填装置や最先端の射撃管制システムを備えたK2戦車へとつながった。K55自走砲のライセンス生産を通して確保した技術は、世界市場で最も成功した自走砲の一つのK9や長距離精密打撃システム「チョンム」を誕生させた。
また、航空分野はKT-1基本訓練機から出発して超音速高等訓練機T-50やFA-50軽戦闘機を、今ではAESAレーダーや先端航法電子機器を備えたKF-21を開発している。海軍もドイツの209型潜水艦のライセンス生産から始まり、3000トン級張保皐(チャンボゴ)-IIIを独自で建造する段階に達した。水上艦も蔚山(ウルサン)級護衛艦から世宗大王(セジョンデワン)級や正祖大王(チョンジョデワン)級イージス駆逐艦へと発展したのに続き、船体だけでなく戦闘システムや多機能レーダーまで国産化しようとしている。
このような変化は、単に兵器の性能が向上したという意味だけではない。戦車の背景には鉄鋼と精密機械があり、戦闘機の背景には航空素材や電子・半導体があり、艦艇の背景には世界最高レベルの造船産業がある。兵器体系は単独で発展したのではなく、大韓民国の産業全体の技術と生産能力を吸収しながら進化してきたのだ。
ウクライナ戦争以降、K防衛産業が突然浮上したように見えるが、実際には半世紀にわたって蓄積された産業能力を世界が最近発見したにすぎない。K防衛産業が単独で成長したのではなく、大韓民国の産業が成長し、その頂点で防衛産業が国際競争力を備えるようになったということだ。
2026/08/08 11:34
https://japanese.joins.com/JArticle/353224