1959年から1984年まで続いた在日同胞北送事業で約9万3000人が北送船に乗った。北朝鮮は「地上の楽園」と宣伝する一方、日本政府も在日同胞問題を北朝鮮に委ねて解決しようとし、利害関係が一致した。新潟から清津(チョンジン)へ向かう船に乗った在日同胞とその家族が夢見たのは平等な社会だったが、待ち受けていたのは貧困と監視、そしてひどい差別だった。しばらくすると日本に残った家族のもとには「生活必需品を送ってほしい」「薬や食べ物が必要」という涙の手紙が届いた。1970~80年代には日本人拉致事件までが浮き彫りになり、北朝鮮体制の反人道的な実態が世界に知られることになった。
地獄のような歳月に耐えて死線を越えた脱北被害者4人が再び北朝鮮政権を法廷に立たせた。東京地裁は今年1月、北朝鮮が彼らの人生の大部分を奪ったとして計8800万円の賠償を命じる判決を出した。もちろん北朝鮮が素直に賠償金を支払うはずはない。そこで被害者らは日本国内に残っている北朝鮮関連の資産に目を向けた。横浜の海上保安資料館に展示されている北朝鮮の武装工作船の返還請求権を差し押さえて競売にかけるよう裁判所に最近申請した。
この船は2001年に鹿児島県沖で日本の巡視船と激しい銃撃戦を繰り広げて沈没した44トンの船舶だ。韓国や日本への侵入・挑発の象徴だった北朝鮮の工作船が、今では被害者の賠償金請求対象となり、これは歴史のアイロニーだ。日本海上保安庁が所有権を主張していて、実際に競売を実施して現金化するまでには法的に越えるべきヤマが多い。しかし被害者が望んでいるのは金銭だけではない。それは北朝鮮に残してきた家族に会いたいという切実な思いであり、自分たちの生活を奪った政権に最後まで責任を問うという強い決意でもある。
この事件は私たちにも示唆する点が多い。休戦後に北に拉致されてまだ帰還していない韓国国民は500人を超える。長い歳月が流れたからといって国家による暴力の罪が薄れることはない。工作船の競売が実現するかどうかは分からないが、60年以上が過ぎた現在も責任を問う闘いは続いている。どれほど長い時間がかかろうとも、奪われた生活と家族、そして真実は必ず元の場所を戻らなければいけない。
パク・ソヨン/論説委員
2026/09/02 16:09
https://japanese.joins.com/JArticle/354472