【プロフィール】 小路明善(こうじ・あきよし) 1951年、長野県生まれ。青山学院大学法学部卒業後、75年にアサヒビール入社。アサヒ飲料専務などを経て、2011年にアサヒビール社長、16年にアサヒグループホールディングス(HD)社長兼COO(最高執行責任者)、18年に社長兼CEO(最高経営責任者)。21年に同HD会長。経団連(日本経済団体連合会)副会長も務めてきた。25年に日韓経済協会会長に就任。26年6月から日産自動車の独立社外取締役兼取締役会議長。
韓日関係が政治・外交の荒波にさらされるたびに、経済交流の絆だけは手放さずに耐え抜いてきた民間の柱がある。1965年の国交正常化に5年先立って発足し、60年余りにわたって両国の経済協力の架け橋を務めてきた「日韓経済協会」だ。
国交正常化60周年の2025年に同協会の舵取りを担うことになった小路明善会長は、日本財界を代表するプロ経営者である。アサヒグループHDの社長、CEO、会長を経て経団連副会長も務め、現在は日産自動車の取締役会議長を兼ねる。2003年にヘテ飲料の社外取締役として韓国企業の経営の最前線を直接経験し、2019年の韓日対立局面ではアサヒのトップとして、不買運動の荒波を正面から受け止めた人物でもある。韓国の機敏な意思決定力と日本の精緻な現場力を、誰よりもバランスよく肌で感じてきた経営者と言える。
「競争相手であり、弱みを補い合うパートナー」
米中の覇権競争や保護主義の拡大、サプライチェーン(供給網)の再編など、前例のない地経学的な挑戦の中で、韓日経済界の議論はすでに、単なる「対立の収拾」や宣言的な「関係改善」の段階を超えた。半導体の素材・部品・装置と量産技術の結合、製造現場へのAI(人工知能)の適用、脱炭素・エネルギー安全保障、スタートアップや若手人材の交流に至るまで、具体的な実務連携策が俎上に載っている。最近両国で活発に議論されている「韓日経済連携」、さらには「韓日経済共同体」構想も、こうした構造的な危機意識から生まれたものだ。
小路会長は、壮大な議論よりも「決して後戻りしない日韓関係の制度的な枠組みをつくることが最優先課題だ」と断言する。「人材の往来や単位の相互認定、デジタル規範の調整、韓国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加入といった『共通のルールと実務的なつながり』が積み重なって初めて、政治に揺らがない強固な連携が完成する」というのだ。
「政治が方向を定める前輪なら、経済は前へ進める後輪」と語る小路会長へのインタビューは、書面で行われた。激変する世界秩序の中で、韓日両国がなぜ「代替不可能なパートナー」として共に立たなければならないのか──。それがテーマだった。
――韓国との縁は、2003年にヘテ飲料の社外取締役に就任されたことから始まったと承知しています。当時、韓国企業の経営の現場を間近でご覧になってどのような印象を受けられましたか。また、その経験が現在の日韓経済協力に対する会長のお考えにどう影響しているのかもお聞かせください。
2003年に韓国企業の経営の現場に接した際、最も強く感じたのは意思決定の速さと変化への対応力でした。一方で、日本企業には現場力や品質管理、長期的な信頼構築という強みがあります。両国企業は競争相手であると同時に、互いの弱みを補い合える関係でもあります。この経験から、日韓協力とは一方が他方を支援するものではなく、それぞれの強みを持ち寄り新たな価値を創造することだと考えるようになりました。
競争を超えて、補い合う関係へ
――日韓経済協会は、韓日国交正常化に5年先立つ1960年に設立されました。両国関係が政治的に疎遠になった時期にも、民間経済界が交流の絆を保てた原動力は何だったとお考えですか。
両国の経済人は、市場、技術、人材、投資を通じて深く結ばれ、その重要性を互いに認識してきました。ともに事業や交流を積み重ねる中で、強い信頼関係が育まれ、政治・外交関係が悪化した際にも、「民間交流だけは絶やしてはならない」という思いが共有されていました。厳しい環境にありながらも、その信念を行動で示し対話の場を守り続けてこられた諸先輩方に、あらためて深く敬意と感謝を表したいと思います。
――国交正常化60周年の2025年に会長に就任され、今年5月には東京で第58回日韓経済人会議を率いられました。就任から1年余りを振り返って、成果として挙げられる点と、なお課題として残っている点は何でしょうか。
国交正常化60周年を経て、日韓協力が「関係改善」から「具体的協力」の段階へ進んだことは、大きな成果の一つだと考えています。数年前までは「最悪」とも言われた日韓関係の影響で、企業活動や人的交流にも少なからぬ制約があり、まずは関係改善を期待するしかない状況でした。しかし現在は、AIや半導体などの先端技術分野、人材交流、スタートアップ連携といった実務的なテーマへと議論が広がっています。一方で、こうした前向きな流れを後戻りさせないための仕組みづくりを求める声も強く、その期待にどう応えていくかが今後の課題だと考えています。
「大仰な議論より、まず共通のルールから」
――韓日が、これまで以上に経済面で緊密に協力すべき最大の理由は何だとお考えですか。
日韓は少子高齢化、経済安保、カーボンニュートラル、サプライチェーンなど、多くの共通課題を抱えています。どれも一国だけでは解決が難しく、さらに世界では保護主義や地“経”学リスクが高まっています。こうした環境下で隣国同士が知恵と資源を持ち寄ることは、双方の成長だけでなく、自由で開かれた経済秩序を維持するうえでも大きな意味を持つものと考えます。
――最近、韓国では「韓日経済連携」、さらには「韓日経済共同体」構想が議論されています。会長が考える「連携」は、従来の「協力」とどこが違うのでしょうか。
日韓経済人会議においても、一昨年の第56回で大韓商工会議所の崔泰源会長が関連する講演を行い、また本年(第58回)では元駐日韓国大使の尹徳敏氏が「日韓経済共同体」構想を提案されました。不確実性が高まる国際環境の中で、日韓が経済や人材交流を通じて連携を深めるべきとの考え方には大いに共感します。一方で、その実現には多くの課題があり、段階的に前進することが重要です。まずは共通のルールや仕組みの下で協力を進めるべきであり、その観点から昨年の共同声明では韓国のCPTPP加入への期待を盛り込みました。
――日韓経済協力が一段階飛躍するには、個別企業間の取引を超えて、市場や制度の統合の水準を高める必要があるとの意見があります。この点をどう考え、現実にはどこから着手できるとお考えですか。
市場や制度の連携を深めることも重要ですが、まずは実務的な協力を積み重ねることが現実的だと考えます。例えば、人材の往来円滑化、大学間の単位相互認定、スタートアップ投資環境の整備、デジタル分野のルール調和などです。日韓は既に高いレベルで経済的に結び付いています。制度統合を目的化するのではなく、企業や人々が不便を感じている課題から一つずつ解決していくことが重要だと思います。
2026/10/20 11:30
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