ドナルド・トランプ米大統領が就任して以来、世界は予測不可能な急激な渦に陥ってしまった。第2次世界大戦後の80年間、米国は自由民主主義国家のリーダーとして民族自決権に基づいた国際秩序を主導してきたが、もはや力による弱肉強食のジャングルに戻るような感じだ。先週、ウクライナのゼレンスキー大統領との会談をテレビ中継中に破綻させたことが代表的な例だろう。戦争当事者のウクライナの立場は考慮せず、米国とロシアが終戦交渉を主導するという意思を明確にし、さらに「ウクライナには切り札がない」と侮辱まで与えた。厳然たる独立国家をこのように軽視することは、過去の米国なら想像もできないことだ。その他にもグリーンランドとカナダ、パナマ運河に対するトランプの言葉も国際規範から大きく外れた。
経済的な面でも力による米国至上主義を赤裸々に表している。「米国を再び偉大に(MAGA)」というスローガンの下、外国との関係で米国の利益だけを追求するということだ。伝統的な米国の友好国でも配慮しない。すでにカナダ、メキシコ、欧州連合の製品に対して関税を引き上げると言っており、おそらく近いうちに韓国と日本もターゲットになるだろう。特に、半導体や人工知能のように、今後世界経済をリードしていく産業については、政府が公然と介入している。例えば、半導体工場を米国に誘致するためにバイデン政権時は補助金支給を約束したが、今は関税障壁で威嚇している。特定産業や企業に対するこのような支援は、WTO(世界貿易機関)の体制では許されないことだ。また、人工知能分野に5000億ドル(約73兆7000億円)を投入するスターゲートプロジェクトの発表には、トランプ大統領が自ら乗り出した。未来産業のための民間企業の投資に米国政府が全面的に支援するという意志を示したのだ。
このように自国の産業のためにトランプ政府は国際規範も無視している。過去には世界の自由貿易を主張し、当事国が互いに利益になる互恵協定を前面に掲げたが、今は自国の利益のためには相手の立場は考慮しないという意思を公然と示している。このような緊迫した状況で、韓国はどう対処すべきだろうか。当然、政府と民間が力を合わせて世界的な弱肉強食のジャングルを切り抜けることが急務だろう。ところが、大統領弾劾事態で政府のコントロールタワーは不在で、いまだに事態の深刻性が分かっていない政界は、のんびりとした理念にとらわれている。
代表的な例が、半導体特別法を巡る議論だ。半導体産業が国の運命を決める可能性があるということは周知の事実だが、研究人材に関する週52時間制例外条項のために与野党合意ができていない。研究開発をしたことのある人はよく知っているが、常に新しい製品は最後の段階で色々な問題が生じて時間と努力が多くかかる。そんな時、多くの科学技術者は徹夜してでも製品を完璧に作りたいと考える。自分たちの自尊心がかかっているからだ。このような例外的な状況では柔軟に対処できなければならないが、画一的な規定で私たち自身を縛るのは外国の競争者ばかり有利にすることだ。
教育でも似たようなことがある。科学技術の研究開発では、1~2人の天才的なアイデアが成否を左右する場合が多い。例えば、最近世界的な衝撃を与えた中国ディープシークのAIモデルは、1995年生まれ(30歳)の羅福莉という女性科学者の貢献が決定的だったという。このような人材を育てるために、米国や中国は大学や中学・高校で数学と科学に優れた人材を養成する英才プログラムが活性化されている。ところが韓国は、いわゆる「公正性」を理由に国際数学・科学オリンピアード受賞者も大学入試の志願書にその事実を記録できなくなっている。このため、数年前には国際数学オリンピアードで金メダルを取った学生がソウル大学に落ち、MITで奨学金を受けて入学したこともあった。韓国で生まれた人材の活用を制度が阻んでいるのだ。さらに大きな問題は、私教育を減らすという理由で、大学入試の大学修学能力試験で数学と科学の範囲を縮小したことだ。数学と科学が国家の競争力になっている時代に、韓国の教育は下方平準化を目指している。
人工知能技術が発展し、今後AI能力がすなわち国家の競争力になるという点がますます明確になっている。このため、世界各国はあらゆる手段を動員して関連技術や産業を支援することに総力を傾けている。過去には政府と民間の役割が分離し、政府が公共の利益のために規制を作るなど互いに牽制したりもしたが、今はこのような規範は無視して皆が一体になって奔走する局面だ。国家の役割が規制中心から振興中心に変わったのだ。このような世の中で生き残るためには、韓国も競争力を高めるしかなく、そのために政治家をはじめとし、国民皆が気を引き締めなければならない。
呉世正(オ・セジョン)/ソウル大学物理天文学部名誉教授・元総長
2025/03/07 16:08
https://japanese.joins.com/JArticle/330857