韓米首脳会談、金正恩の思惑、そして転換時代の論理【コラム】

投稿者: | 2025年9月3日

 政府はもとより多くの国民を悩ませた外交日程が、無事に終わった。8月25日(米国現地時間)に行われた李在明(イ・ジェミョン)大統領とトランプ大統領との韓米首脳会談のことだ。両指導者の初対面は、同盟の現代化や経済通商などの問題の手強さにもかかわらず、比較的和気あいあいとした雰囲気が演出された。その理由の一つは朝米首脳会談にあった。

 トランプ大統領は以前にも何度も朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長との親交を誇示しつつ、彼との再会を望んでいるという趣旨の発言をおこなっているが、これといった注目を集めることはできていない。しかし、今回は違った。李大統領は冒頭発言でトランプ大統領を「ピースメーカー」だと持ち上げつつ、「全世界で唯一の分断国家として残っている朝鮮半島にも平和を作ってほしい」と述べて、金委員長との再会を要請した。するとトランプ大統領は「年内に彼に会いたい」と答えた。トランプ大統領は、金委員長との対面を要請してきた指導者は「李大統領が唯一だった」と述べたが、これは李大統領がトランプ大統領の趣向を正確に言い当てたということを物語っている。韓米同盟の「共同の敵」は朝鮮だと言われてきたが、その朝鮮の指導者との会談を望む気持ちが韓米の首脳の「肯定的な化学反応」を起こしたわけだ。

 では、年内に朝米首脳会談が実現する可能性はあるのだろうか。ひとまず李在明政権は、10月末に慶州(キョンジュ)で開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議を機会として利用する考えをほのめかしている。このことに関連して、大統領室のカン・ユジョン報道官が非公開会談で両首脳によって交わされたと明かした会話の内容はこうだ。

 「李在明大統領はトランプ大統領をAPECに招き、『できれば北朝鮮の金正恩国務委員長との対面も推進してみよう』と提案した。これに対してトランプ大統領は『非常に賢明な提案だ』と評価し、李大統領の提案を何度も褒めたたえた」

 しかし、確かなことは何もない。むしろ、APEC-朝米首脳会談の連係推進が墓穴を掘る結果になる恐れさえ存在する。ひとまず、金委員長がAPEC会議に出席する可能性はないと考えなければならない。朝鮮が加盟国ではない多国間会談に、それも朝鮮が「敵対的国家」とみなす韓国で開催される行事に最高指導者が出席するというのは、木によりて魚を求むようなものだからだ。韓国外交にとって墓穴を掘る結果になりうるという懸念は、このような脈絡から導き出される。APECを機とした金委員長との対面を期待していたトランプ大統領にとって、それが実現せずに終わった場合、APEC出席の動機が弱まりうるからだ。

 思いつくシナリオはもう一つある。「2019年6月アゲイン」がまさにそれだ。2019年2月の第2回朝米首脳会談が「ハノイ・ノーディール」で終わったことで急転した朝米関係は、1カ月後にトランプ大統領が金委員長に送った親書、80日後の「特別な友情」を強調した金委員長の返書、2日後の「再会を望む」というトランプ大統領のさらなる返書と、親書の行き来で反転の機運が芽生えていた。ついには、トランプ大統領は日本の大阪からソウルに出発する直前に「私は非武装地帯(DMZ)で金委員長に会って握手を交わし、あいさつできるだろう」とツイートした。これに金委員長が呼応し、6月30日に「板門店(パンムンジョム)電撃会談」が実現したのだ。

 このことを覚えているであろうトランプ大統領が、APEC首脳会議の前後に金委員長に類似の提案をする可能性もある。だが、当時の状況とは大きく異なる点がある。あの時は両首脳が親書を交換することで再会を誓ったが、今は朝鮮は米国の親書さえ受け取っていない。また、当時は朝鮮も休戦ラインを「軍事境界線」と表現していたが、今は「国境線」とみなしている。このことが意味するところは簡単ではない。以前は板門店の軍事境界線を越えてトランプ大統領と会った金委員長に「敵対的国家との国境線」を超えてくることを期待するのは難しいからだ。何よりも金委員長は、当時はわらにもすがる思いでトランプ大統領と再会したが、その直後にはまたしても愚弄されたと考え、朝米関係の正常化に対する未練をきれいに捨てている。

 だが、金委員長は戦略的計算に長けている人物だ。自身との再会を切望しているトランプ大統領の誘いを利用する可能性もあるということだ。すなわち、トランプ大統領が親書やSNSで「私はもうすぐ韓国に行くが、あなたと会いたい」と提案すれば、金委員長は彼を朝鮮に招待し、私的に会おうと逆提案することもありうるということだ。労働党のキム・ヨジョン副部長が最近の談話で、両指導者に親交があることに触れ、「条件付き」の接触の可能性を否定しなかったことからも、このような見通しが立つ。さらに、大統領と政府の立場が違った1期目とは異なり、第2期トランプ政権が大統領を中心にまとまっていることも、金委員長の判断に影響を及ぼしうる。

 では、金委員長が思い描いているであろう戦略的計算とは、どのようなものだろうか。4つのことが考えられる。1つ目は「探り」だ。トランプ政権レベルでは朝鮮半島の非核化を依然として目標にしているが、肝心のトランプ大統領本人は朝鮮を「核保有国」と称し、世界の核軍縮と非核化に朝鮮も同調してほしいという趣旨の発言を行うにとどまっている。そのため、金委員長としてもトランプ大統領に直に会って、彼の真意を問うてみる必要はあるだろう。だが、トランプ大統領がどのような立場を表明するかは霧の中だ。金委員長がトランプ大統領に会ったとしても私的対話を望むだろうと考えられる理由はここにある。

 2つ目は「朝中関係」だ。2018~2019年の「金正恩-トランプ・シーズン1」で見られた最も興味深いものの一つは、朝中関係にあった。この時期、金委員長とトランプ大統領は3度会っているが、以前は一度もなかった金委員長と習近平主席の首脳会談は同時期に5度も行われた。そして2019年6月以降は6年以上も行われていなかったが、9月初めの中国の戦勝節を機に金委員長は訪中を決めた。このように長きにわたって朝中関係が冷え込んでいた最大の理由は、朝鮮が中国に対してロシアと同様に自国を核保有国として認めることを要求し、中国がそれを嫌ったことだ。

 このような中、金委員長の訪中決定は微妙な地政学的意味を含んでいる。まず、2018年3月の金正恩-習近平の初の首脳会談は、朝米首脳会談が活発に議論されていた時に行われたが、今回もトランプ大統領が朝米首脳会談を打診している中で金委員長の訪中が決まったことが注目される。トランプとの再会に先立ち、朝中関係を安定させることを金委員長が意図している、とも解釈できるからだ。また、朝鮮の核保有国としての地位をめぐって朝中の意見の隔たりが縮まったのかも関心事だ。

 3つ目は「第9回党大会」だ。2021年1月に開催された第8回党大会の最重要基調は「対米長期戦」だった。金正恩政権としては、こうした基調を維持し続けるかどうかが悩みどころのはずだが、トランプ大統領との対話で探りを入れ、核保有の黙認とともに「米国の朝鮮敵視政策」の変化の可能性を確認すれば、2026年1月に開催されるとみられる第9回党大会の基調も変わりうる。「対米長期戦」は成果を上げたとして、ロシアとの同盟の再結成、中国との関係強化、米国との関係改善を軸とする「戦略的地位の強固化」を今後の基調とする可能性があるということだ。そうなれば、朝鮮としては、これまで一度も得たことのない戦略的地位を固めることができる。

 最後は「南北関係」だ。金正恩政権は李在明政権の発足後も、2023年末に宣言した「敵対的二国論」を維持している。しかし、注目すべきことがある。キム・ヨジョン副部長は7月末から談話を発表しているが、これは無反応で一貫していたそれまでの1年近くとは明らかに異なる。全般的な基調は南北関係の断絶の維持だが、韓国憲法の領土条項に言及してきたことが目につく。これは、韓国は改憲などを通じて朝鮮を国家として認めよとの趣旨が込められているとみられる。これに対する韓国の反応が思わしくないため、朝鮮は対米関係の有用性に期待する可能性がある。朝米関係の再構築の方向性が核保有の黙認とともに朝米の国交樹立と平和協定まで見通しているものなら、韓国に根本的な立場の変化を促すうえで相当な圧力になるという計算が立つ可能性があるからだ。

 このように、金正恩とトランプの再会の可能性は、韓国にとっては挑戦であると同時に機会でもある。韓国にとって悪いシナリオは、再会が実現せず、「韓米同盟」対「朝鮮」、あるいは「韓米日」対「朝(中)ロ」の確執と対決構図が固定化するというものだ。これよりはましだろうがかなり困惑するシナリオは、再会の結果が、韓国が排除された状態で、朝鮮の限定的な核保有の黙認、北朝鮮制裁の緩和、朝米の国交樹立と平和協定の論議などへとつながるというものだ。そのため、朝米首脳会談の実現可能性が高まれば高まるほど、「ペースメーカー(助力者)」を自任する李在明政権としてはジレンマに直面することになる。とりわけ非核化問題がそうだ。朝鮮半島の非核化という原則の堅持を米国に要求し、それが反映されれば朝米首脳会談の実現可能性は弱まるうえ、南北関係はさらに悪化する。米国が朝鮮半島の非核化より朝米首脳会談を重視して韓国の要求を退ければ、韓国は米国からも「素通り」される恐れがある。かといって、政府は朝鮮半島非核化原則を放棄することもできないだろう。

 代案はないのだろうか。まず「転換時代の論理」を探ることが非常に重要だ。残念ながら、南北基本合意書と朝鮮半島の非核化に関する共同宣言を2つの軸とした「1991年体制」は終えんを迎えた。そこで私は「統一志向的な特殊関係論」の旗をひとまず降ろして、朝鮮の「敵対的二国家論」に「平和的二国家論」を対置すべきだと主張してきた。公式な国号の使用、改憲論議に領土および統一条項を含めること、国家保安法の改廃、韓米同盟の有事の際の目標からの武力吸収統一の排除、韓国と朝鮮の国交樹立の推進、などを公に議論しようということだ。これは南北関係の転換だ。

 核問題についての思考の転換はさらに切実に求められている。驚くべきことに、金委員長とトランプ大統領との間で接点が見出せる。トランプが2度目の大統領就任以来、一貫しておこなってきた発言は、「世界の核軍縮と非核化」を推進しつつ、朝鮮の合流も誘導しようという趣旨が込められている。だが、「世界の核軍縮と非核化」は、「北朝鮮の非核化」のみを要求してきた外部世界に対する朝鮮の対抗言説だ。私たちが直視すべきなのはまさにこれだ。「北朝鮮の非核化」や「朝鮮半島の非核化」の旗を降ろして、世界の核問題の解決という視点で北朝鮮の核問題にアプローチしなければならないということだ。

 APEC会談は、その扉を開く良い機会だ。トランプ大統領は米中ロが率先して核軍縮交渉をしようとの立場だが、習近平主席の出席は確実だと思われるし、ロシアの高位官僚も来るとみられるからだ。したがって李在明政権は米国との協議の過程で、トランプ大統領の核軍縮推進の考えに対する積極的な支持と協力を表明することが重要だ。また、中国やロシアなどにもこのような意思を伝える必要がある。そうすればトランプ大統領の出席可能性も高まり、米中ロが核軍縮問題を議論する可能性も強まる。

2025/08/31 21:33
https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/54124.html

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