長生炭鉱と南北関係「針の穴」【特派員コラム】

投稿者: | 2026年1月17日

「曽祖父が働いていたのは、長生炭鉱というところなんだ」

 パク・クムスクさんが一度も顔を見たことのない曽祖父パク・ソッキさんの悲しい話を聞いたのは、幼い頃の1988年だった。パクさんの曽祖父は、日帝強占期(日本による植民地時代)、日本山口県宇部市床波にあった長生炭鉱で働いていたところ、亡くなった。

 この炭鉱は海岸沿いの陸地側に2〜3人が入れるほどの坑道出入口を作った後、海底を掘って作られたものだった。漆黒のように暗い海底で、植民地朝鮮から渡ってきた彼らと下層階級とされていた貧しい日本人たちが、一緒に石炭のような戦争物資を掘り出して、軍部に提供する仕事をした。1942年2月3日、海底炭鉱で原因不明の海水漏れで、最深部で脱出できなかった朝鮮人と日本人労働者183人が無念の死を遂げた。ひ孫のパクさんは祖父から聞いた話をこのように説明した。「曽祖父は江原道昌道郡支石里(チャンドグン・チソクリ)で生まれ、日本の植民地統治時期に日本に強制的に連れて行かれ、坑道の浸水で亡くなった。その時、曽祖母が夫の遺体を返すよう訴えたが、日本のやつらは『朝鮮の人々は日本のために働いて死んだことを光栄に思わなければならない』と言いながら遺体を返さなかった」

 1945年1月、宇部市から故郷に帰ってきたのは曽祖母と祖父だけだった。パクさんは「曽祖父の遺骨は80年余り冷たい海水の中に沈んでいる。本当にあまりにも悔しくてあきれてまともに言葉も出てこない。海水に浸かっている曽祖父の遺骨を想像すると、胸が締め付けられる」とし、「日本当局は必ず曽祖父の遺骨だけでなく、日本のあちこちに放置されている朝鮮人強制連行被害者の遺骨を全て捜し出し、必ず遺族に返さなければならない」と語った。

 現在、北朝鮮の江原道昌道郡に住むパクさんの事情は、昨年8月に在日本朝鮮人総連合会(総連)の機関紙「朝鮮新報」にインタビュー記事が掲載されたことで知られた。長生炭鉱の真相を究明してきた日本の市民団体「長生炭鉱の水非常(水没事故)を歴史に刻む会」(刻む会)は、犠牲者の名簿を捜し出し、北朝鮮側の5人の名簿を昨年2月、朝鮮民主主義人民共和国朝鮮人強制連行被害者遺族協会に渡した。

 「刻む会」の30年以上にわたる真相究明の努力で、最近2年前に地中深く埋もれていた坑道の位置が把握され、犠牲者の遺骨の一部も確認された。同時に84年前の長生炭鉱の痛ましい歴史も水面上に浮び上がっている。坑道が初めて姿を現した2024年からこの現場を取材しながら、韓日労働者の遺骨が共にある長生炭鉱を通じて、敏感な両国の歴史問題を解決する糸口を見つけたらという話をしてきた。植民地戦争の責任がある日本政府で高市早苗首相が13日、李在明(イ・ジェミョン)大統領の訪日に合わせて犠牲者の遺骨DNA鑑定に協力すると約束したことは喜ぶべきことだ。さらに、ここには現在の北朝鮮地域出身の朝鮮人遺骨も眠っている。DNA検査で韓日国籍者ではない場合、北朝鮮側との協議を通じて犠牲者の遺骨を家族のもとに返す余地もある。昨年、李大統領は行き詰まった南北関係について、「針の穴でも開けなければならない」と述べた。漆黒のように暗い海底炭鉱の中で、もしかしたら南北、そして日本との関係に思いがけない「小さな希望の光」を発見できるかもしれない。

2026/01/15 19:32
https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/55211.html

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)