1995年、中国の江沢民国家主席の歴史的な初の訪韓を控え、北朝鮮が台湾との修交の可能性にまで言及しながら強く抗議した事実が、30年が経過した外交文書で確認された。韓国外交部は31日、秘密解除期間が過ぎた1995年度の外交文書2621巻(約37万ページ)を公開した。
公開された文書によると、1995年5月に平壌(ピョンヤン)で開かれた中国国際問題研究所と北朝鮮軍縮および平和問題研究所の間の会議で双方は神経戦を見せた。
中国側が北朝鮮と台湾の密着の動きを警戒すると、北朝鮮側は「中国と韓国は高官級交流をするのに、北朝鮮はなぜ台湾との関係を発展させることができないか」と反論した。
特に北朝鮮は「江沢民主席が韓国を訪問すれば、台湾との外交関係樹立までも検討せざるを得ない」とし、中国に圧力を加えたことが確認された。中国はこれを現実性が低い発言と判断したが、北朝鮮を刺激しないために訪韓時点をめぐり内部的に悩んだ。
中国党内部ではアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議後に訪問を延期するべきとの慎重論が提起されたりもした。しかし「韓中関係が急速に拡大する実情を勘案すると、もう北の反応を気にする必要はない」という韓国政府の説得の末、11月13日に江沢民主席の訪韓が実現した。
今回の文書には、江主席が韓国の経済発展に深い関心を見せた状況も表れていた。エンジニアだった江主席は訪韓中、主要産業施設の視察と財界人との面談をまず要請した。韓国の経済発展経験を整理するよう参謀に指示するほど深い印象を受けていた。
また、当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領との首脳会談当時、日本の歴史歪曲問題をめぐり「この機会に悪い行儀を直さなければいけない」という有名な発言が出てくることになった背景、この過程で第3国批判を自制することにした事前調整が崩れると中国側が抗議した外交的秘話も公開された。
このほか、1994年の金日成(キム・イルソン)主席死去後の北朝鮮情勢について、江主席が「北朝鮮社会の閉鎖性のため情報の把握が難しいが、金正日(キム・ジョンイル)が権力を掌握したとみられる」と述べたという内容があった。
三豊(サムプン)百貨店崩壊惨事当時に訪韓したバヌアツのマキシム・カルロ・コーマン首相に対し、金泳三大統領が「工業化過程の避けられない現象でありメディアが誇張報道する傾向がある」と話した内容も共に公開された。
2026/04/01 14:41
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