「日本は米国を相手に戦争を起こし、戦う過程で原爆が投下されました。ですから、日本は真の被害者ではありません。原爆の本当の被害者は、日本に連れて行かれて被爆した韓国人たちです。ところが、この事実を私たち国民もよく知らないのに、他の国の人たちがどうやって知ることができるでしょうか」
5年ごとに開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議などで、韓国人の原爆被害の実情を証言するため、今月20日に米国へ向かう韓国原爆被害者協会陜川(ハプチョン)支部の シム・ジンテ支部長(83)は16日、「生きているうちに最後のチャンスだと考え、全力を尽くして国際社会に韓国の原爆被害の実情を伝えたい」と語った。
シム支部長は、1945年8月に日本の広島と長崎に原爆が投下された際、被爆した原爆被害者。両親は慶尚南道陜川出身で、1940年に日本の広島へ渡った。日本語に堪能だった父親は軍属として働き、母親は軍需工場で弾薬箱を作っていた。シム支部長は1943年1月9日、広島で生まれた。
米国は1945年8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾を投下し、日本を屈服させた。当時、23万人余りが被爆して命を落としたが、日本に住んでいた韓国人も7万人余りが被爆し、4万人余りが亡くなった。1945年8月15日の解放以降、生存者2万3千人余りが帰国した。かろうじて助かったシム支部長の両親も、幼い息子を抱いて故郷の陜川に帰ってきた。
「米国は謝罪しましたか、補償しましたか。日本は謝罪しましたか。韓国政府は何をしたのですか。米国の顔色をうかがって、日本の顔色をうかがって、一体何を以て自主国家といえるでしょうか」。 シム・ジンテ支部長は声を荒げた。
シム支部長と共に米国へ向かうハン・ジョンスン韓国原爆2世患者会会長(67)は、両親が広島で被爆したが、その後遺症を受け継いだ原爆被害の2世。
ハン会長は「命は助かったものの、父も母も後遺症に苦しんだ。被爆当時、母のお腹の中にいた兄は、生後間もなく原因不明のまま亡くなったという。両親は韓国に戻り、2人の息子と4人の娘をもうけたが、全員が若い頃から脳梗塞・心臓病・大腿骨頭壊死症・めまいなどを患った。3世代目である私の息子や甥たちも、脳梗塞などの後遺症に苦しんでいる」とし、「母はすべてが自分の責任だとして、子どもたちに申し訳ないという思いから、原爆のことは口に出すことすら禁じていた」と語った。ハン会長は「受け継いだ病気と貧困のせいでまともに学ぶこともできず、今までかろうじて命をつないできた」とし、「今回米国に行って、死んでもいいという覚悟で、命をかけて私たちの真実を伝えたい」と付け加えた。
1945年の解放以降に帰国した原爆被爆者約2万3千人のうち、現在の生存者は男性577人、女性933人の計1510人。生存者の平均年齢は85.6歳に達した。被爆すると、生き残ったとしても、後遺症に苦しむことになる。さらに深刻な問題は、被爆によって遺伝子の変異が引き起こされ、被爆していない子孫にまで後遺症が受け継がれる点にある。この事実は、2002年3月22日、反核平和運動家のキム・ヒョンリュル氏が韓国青年連合会大邱(テグ)支部の事務所で記者会見を開き、自身が被爆後遺症に苦しむ原爆被害者の2世であると告白したことで、初めて韓国社会で知られるようになった。キム氏は結局、2005年5月29日、35歳の若さで被爆後遺症により亡くなったが、生前にキム氏が設立した「韓国原爆2世患者会」の会員は現在、約1350人に達する。
「韓国人原爆被害者支援のための特別法」は、キム氏が亡くなってから11年後の2016年5月19日になってようやく制定された。だが、同法は被害者の範囲を、1945年8月に日本の広島と長崎で原子爆弾に被爆した本人と、当時胎児だった人に限定している。被爆後遺症の遺伝がまだ科学的に証明されていないという理由からだ。このため、被爆の後遺症に苦しむ子孫の数はまともに把握されていない。
地域的には、慶尚南道陜川郡出身者の被害が最も大きかった。日本統治時代の強制徴用などで日本に渡った陜川の人々は、そのほとんどが広島に住んでいたためだ。このため、陜川は「韓国の広島」と呼ばれている。シム・ジンテ支部長、ハン・ジョンスン会長、故キム・ギョンリュル氏はいずれも陜川にルーツを持っている。
韓国の原爆被害者たちは、日本の植民地支配と強制動員、米国の原爆投下、そして解放後の韓国社会からの無関心と冷遇という三重苦にさらされたにもかかわらず、国際社会から全く注目されなかった。シム・ジンテ支部長とハン・ジョンスン会長は、20日から来月4日まで、反核平和運動団体「平和と統一を開く人々」(平統サ)の活動家たちと共に、米国のシアトル、サンフランシスコ、サクラメント、ロサンゼルス、ニューヨーク、 ワシントンの6都市を巡り、被害者ばかりで責任を取る加害者のいない韓国人原爆被害の実態について証言し、原爆を投下した米国の謝罪と賠償を求める計画だ。
彼らは様々な韓国人団体と会うのはもちろん、サンフランシスコ州立大学、サクラメント大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、ニューヨーク市立大学などで学生との懇談会も開く。26日にはニューヨークの国連本部一帯で反核平和集会と行進が行われ、ハン会長が「核のない世界の重要性」をテーマに演説する。
また、30日と来月1日には、国連本部で開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議の関連行事に出席する。核拡散防止条約再検討会議は、1970年に発効した同条約が適切に履行されているかを点検し、今後の方向性を議論する国際会議で、5年ごとに開催される。今年は今月27日から来月22日まで国連本部で開催される。シム支部長は来月1日、国連本部の本会議場で、NPT加盟国の外交官を前に演説を行う。また、韓国の原爆被害者12人が原告として参加し、米国の原爆投下責任を問う「原爆国際民衆法廷」が、11月13~15日に韓国(韓神大学ソウルキャンパス)で開催されることを知らせると共に、国際市民社会の支持と参加を要請する予定だ。
彼らに同行する平統サの活動家、イ・ギウン氏は「核拡散防止条約(NPT)再検討会議などでの発表を通じて、朝鮮半島が全世界の核対立の中心地として浮上している点を指摘し、朝鮮半島の非核化を実現すれば、朝鮮半島が世界の非核化の出発点となり得ることを伝えたい。今回の米国訪問を通じて、韓国の原爆被害者問題が国際社会に広く知られ、核対立が深刻化する朝鮮半島で核惨禍の再発を防ぐための国際的な共感と支持が拡大することを期待している」と語った。
2026/04/16 18:58
https://japan.hani.co.kr/arti/politics/55954.html