◆尹徳敏(ユン・ドクミン)
1959年生まれ。韓国外国語大学政治外交学科卒業。米ウィスコンシン大学で政治学修士号、慶應義塾大学で法学博士号を取得。外交安保研究院教授・安保統一研究部長、大統領直属未来企画委員会未来外交・安保分科委員、国立外交院院長(2013~2017年)、駐日本国大韓民国特命全権大使(2022~2024年)などを歴任。現在、韓国外国語大学碩座教授。
【月刊朝鮮】最近の韓日関係をめぐり、注目を集めている構想の一つが「韓日経済共同体」である。欧州連合(EU)のように、両国が経済的利害を緊密に結び付けることで、低成長やサプライチェーンの再編、米中間の戦略競争といった急速に変化する国際環境に、より効果的に対応すべきだという考え方だ。
5月20日、東京のホテルオークラ東京で第58回韓日経済人会議が開かれた。尹徳敏(ユン・ドクミン)前駐日韓国大使(韓国外国語大学碩座教授)はこの日、「いかにして韓日経済共同体をつくるか」と題して講演し、韓日経済協力の新たな青写真を提示した。
尹氏は講演で、なぜ今、韓日経済共同体が必要なのかという問題意識を示す一方、サプライチェーンの安全保障協力やエネルギー共同体の構築、人工知能(AI)分野における共同インフラの整備など、具体的な協力策を提案した。なかでも、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)を活用し、事実上の韓日自由貿易協定(FTA)を構築する構想も示したとされる。
尹氏が描く韓日経済共同体とは、具体的にどのようなものなのか。経済構造も産業政策も対外戦略も異なる両国が、果たして経済共同体に近い協力体制を築くことは可能なのか。
7月9日、ソウル・光化門で尹氏に会った。日本で明らかにした構想の背景と狙い、そしてその実現可能性を直接聞くためである。
■ 理想論ではなく「生存戦略」
「韓国と日本が手を組めば、世界第4位規模の経済圏と、人口1億7500万人の市場をつくることができます」
尹前大使は、長年にわたり事実上のタブーとされてきた「韓日経済共同体」を、もはや理想論ではなく、生存戦略として捉えるべきだと強調した。
尹氏の構想は、最初から欧州連合(EU)のような共同市場や、大がかりな統合制度をつくろうというものではない。年間1300万人に達する人的往来をはじめ、サプライチェーン協力、エネルギー安全保障、AIインフラといった実質的な結び付きを先に構築すれば、経済統合は自然に後からついてくるという論理だ。
韓国と日本が結び付けば、巨大な内需市場と先端製造業の競争力が相乗効果を生み、半導体、バッテリー、ロボット、エネルギーなどの分野で、米中両国に対する交渉力を高めることができるという。
また、両国は国際社会において価値観と利害を共有する国であり、歴史問題を安定的に管理できれば、国際秩序の「ルール・フォロワー」から、新たな規範をつくる「ルール・セッター」へと飛躍できると展望する。
――韓日経済共同体を構想するようになったきっかけは何ですか。
「私個人の発案というよりも、韓日両国が置かれている戦略環境そのものが激変していることから出発した話です。国際秩序が根底から揺らいでいます。
北朝鮮とロシアの軍事同盟が復活し、北朝鮮は事実上、核武装を完成させました。中国が地域覇権国として台頭する一方、米国にはむしろ孤立主義的な傾向が表れています。
このような環境の中で、韓国がどう生き残るのかを考えざるを得ません。結局、似た価値観を共有する日本との間で、これまでとは次元の異なる協力を模索すべきだという結論に至ります。
中国の経済規模は、すでに19兆ドルを超えています。韓国は2兆ドルに届かず、日本も4兆~5兆ドル程度です。それぞれが個別に対応していては、この地域で生存空間を確保することは困難です。
地政学的環境が急変する中、価値観を共有し、文化的にも近く、経済水準も似ている韓国と日本が共通の枠組みをつくっていけば、少なくとも地域内で生き残るための空間を確保できるのではないか。それが、この構想の出発点です」
■ 「必要に応じて血管をつないでいけば……」
――尹氏の言う「経済共同体」は、FTA、経済安全保障協議体、EU型の共同市場のうち、どれに最も近いのでしょうか。
「最初から『これはFTAだ』『経済安全保障協議体だ』『EU型共同市場だ』と具体的に定義する必要はないと思います。
むしろ、必要に応じて段階的に発展していくプロセスとして捉えるべきです。人的・経済的交流をさらに活性化させ、経済上の必要に応じて互いの経済を結び付け、規模の経済をつくっていく。
エネルギーや資源の問題を解決するために協力していけば、最終的には一つの共同体に向かわざるを得ないと考えています。
初めから制度的な形を決めるのではなく、必要に応じて血管を一つずつつないでいけば、究極的には経済統合の姿に到達する。私はそう考えています」
尹前大使の言う「血管」は、すでに統計にも表れている。韓国観光公社と日本政府観光局(JNTO)によれば、2024年に韓日両国を往来した旅行者は1200万人(前に1300万人とある)を超え、過去最多を記録した。
――人口1億7500万人規模の内需市場という点も強調されています。韓国には内需市場が小さいという問題があります。
「率直に言えば、韓国は現在、成長動力という面で半導体による一種の錯覚に陥っていると思います。基本的に、韓国の内需市場は人口5000万人規模にすぎません。
これまでは中国という巨大市場があり、自由貿易秩序にも支えられていたため、韓国が市場を開拓する余地は大きかった。
しかし現在、自由貿易秩序そのものが大きく揺らいでいます。既存の内需市場だけで新たな成長動力をつくることは難しい状況です。
一方、すぐ隣には、これまで事実上十分に活用してこなかった、5兆ドル規模の成熟した日本市場があります。人口も1億2000万人に達します。
韓国が日本と共に進むならば、この成熟した5兆ドル市場は、新たなフロンティアになり得ます」
――韓国経済が大きく成長したとはいえ、規模ではまだ日本より小さいのではありませんか。
「もちろん、韓国の経済規模は日本より小さいため、日本側には異なる受け止め方もあるでしょう。しかし、両国が結合した場合の相乗効果は、それ以上に大きいものです。
いわゆる『グラビティ・モデル』という概念があります。大きな経済圏同士が結び付けば、単純な算術上の合計を超える相乗効果が生まれるというものです。
韓国も日本も、それぞれ先進経済国です。この二つが結び付いた場合、GDPが何%上がるという単純な計算をはるかに超える効果が生まれ得ます。
韓国の内需市場が人口5000万人から、1億7500万人規模の成熟市場に拡大すれば、韓国経済にとって極めて大きなプラスになると思います」
■ 日本市場の扉をたたく韓国の若手ベンチャー経営者
――従来、韓国は日本の技術を導入し、組み立てる産業構造にとどまってきたとの認識があります。韓日経済共同体が形成された場合、この構図はどのように変わるのでしょうか。
「そうした構造は、すでに完全に終わったと考えています。
韓日関係は一時、最悪の局面を迎えました。2011年以降、関係は大幅に悪化し、とりわけ文在寅政権と安倍晋三政権の時代には非常に厳しい状況が続きました。約10年間、まともな二国間首脳会談さえ開かれませんでした。
悪化したのは政治関係だけではありません。経済関係も同時に縮小しました。危機時に相互支援するための通貨スワップ協定さえ終了し、貿易額は増えるどころか、むしろ減少しました。投資は3分の1ほどに縮小しました。
韓国では、日本の輸出規制以降、『日本なしでも生きていける』という雰囲気さえ形成されました。中国という巨大市場があったため、日本を相対的に重視してこなかった面もあります。
しかし時間がたってみると、日本は依然としてアナログ機械や素材・部品・製造装置の分野で強く、職人気質を持つ国であり続けていました。
一方、韓国はその間に、完全なデジタル中心社会へと転換しました。時代そのものがデジタル時代に変わったのです。
私が日本に赴任してみると、韓日関係が改善するにつれ、多くの韓国人ベンチャー経営者が日本市場の扉をたたき始めました。『この事業なら、日本でも十分に成功できる』という自信を持っていたのです。
宅配・デリバリープラットフォームのように、韓国ですでに成功したデジタルサービスが、相次いで日本市場への進出に挑んでいました。それだけ多くのビジネス機会があるということです。
実際、赴任当初の在外公館長会議では、企業相談は三、四組程度にすぎませんでした。しかし2年目には14組に増えました。
デジタルで武装した韓国企業と若い経営者たちが、日本市場を積極的に開拓しているということです。
したがって、かつてのように韓国が日本に従属する、あるいは日本中心の構造に組み込まれると考える必要はありません。
韓国も新たな領域で、日本との経済関係において主導権を握ることができます。韓国だけが利益を得る構造ではなく、日本にも大きな利益をもたらします」
2026/07/23 14:00
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