【コラム】「野球の東京大」甲子園をアジアに輸出するという夢

投稿者: | 2026年8月10日

「背番号1」を身に着けた投手がマウンドに上がった。日本の高校野球のエース番号である。今月5日、全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)の開幕を前に始球式に臨んだのは、インドネシアの選手だった。赤いユニフォームの胸には英語で「ALL ASIAKOSHIEN」と刻まれていた。

「アジア甲子園」とは、アジアの10代の青少年に日本の高校野球文化を普及する目的で2024年、インドネシアで始まった大会だ。今年は12月、計16チームが参加予定だ。この日、始球式を務めたのは、昨年の大会の優勝メンバーだ。「難しい環境の中でも、夢中になって目指したいと思える大会を作りたい。私と同じような感動を味わってもらいたい」。アジア甲子園の発起人である柴田章吾代表はこう話す。

  柴田さんは幼少期より将来有望な野球選手として注目されていたが、中学3年の時、完治が難しい病にかかった。「野球はもうあきらめろ」。主治医は厳しい宣告をした。しかし、病室のベッドで甲子園のテレビ中継を見た時、「どうしても甲子園に出場したい」との思いがわいた。3年間の闘病生活を経て、高校3年の夏、夢は実現した。

明治大で野球を続けた後、読売ジャイアンツに入団したが、3年間でプロ選手生活は終わった。柴田さんが第2のキャリアの拠点として選んだのは東南アジアだった。

「アジアで野球を普及させたいのなら、『野球の東京大』と言える甲子園のような大会を作ればいい」。柴田さんは、大学の先輩であり、東京大を目指す受験生を描いた漫画「ドラゴン桜」の作者、三田紀房氏を訪ねると、こうした助言を得た。その後、元プロ野球選手や日本の多くの大手企業の協力も得た。

柴田さんには、こうした活動を通じて「日本のプロ野球を『アジアのメジャーリーグ』(MLB)のようにしたい」というもう一つの目標がある。最近、日本の野球界では米国への人材流出が続いているという強い危機感がある。大谷翔平選手の恩師・佐々木洋監督の長男、麟太郎さんは日米両国でドラフト指名を受けた末、MLBを選択した。

日本は人口が減少する一方なのに対し、東南アジアは若い人材が豊富で、経済的な効果も期待できる。後に、既に野球の盛んな韓国などを含めて、アジア全体で野球を一層活性化し、市場規模を拡大したいという願いもある。

「いつか、アジア全体からアジア甲子園に出場してもらいたいと考えている。そして、優勝チームが日本の甲子園に出られたらいいなと思っている」。何度も困難を乗り越えてきた柴田さんなら、きっと実現できるはずだ。

大貫智子/東京特派員

2026/08/10 09:51
https://japanese.joins.com/JArticle/353265

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