「独島(トクド、日本名・竹島)最後の住民」だったキム・シンヨルさんが亡くなったことで、独島に住民登録を置く住民が一人もいなくなった。キムさんは慶尚北道浦項(キョンサンブクド・ポハン)にある娘の自宅で過ごしていたが、2日、老衰などのため88歳でこの世を去った。
◇独島最後の住民が死去
キムさんは「独島の里長」と呼ばれた夫の故キム・ソンドさん(2018年死去)とともに、1960年代後半から独島に入り、漁をしながら生活してきた。2018年に夫が別世した後、里長の職を継承して一人で島を守ってきたが、2020年の台風10号「ハイシェン(HAISHEN)」で宿舎が破損したため陸地に戻った。宿舎は2021年に復旧したが、キムさんは持病が悪化したため再び島に戻ることができなかった。
住民登録をした住民がすべていなくなった独島だが、転入を希望する人は複数いた。しかし、法的・行政的な壁があるため、転入届は受理されなかった。
◇独島の転入届、すべて却下
転入届を受理されなかった人の中には、キムさんの娘をはじめとする家族も例外ではなかった。キム・ソンドさんが亡くなった後、キムさんの娘夫婦が高齢の母を支えて暮らしたいとして、独島の住民宿舎に住所を移そうとしたが、却下されたのが代表的な例だ。
当時、鬱陵邑(ウルルンウプ)事務所は、キムさん夫婦が「独島管理事務所から独島住民宿舎の常時居住承認許可を受ける手続きを経ていない」として転入届を却下した。キムさん夫婦は独島管理事務所に承認許可を申請したが、「現在、独島の常時居住民は特別な事由が発生しない限り追加で選定する計画はなく、今後、独島常時居住民の追加選定手続きを進めるためには関係機関との協議手続きを経なければならない」という回答を受け取った。
これに反発したキムさん夫婦は、鬱陵郡独島管理事務所と鬱陵邑長を相手取り、大邱(テグ)地裁に「独島住民宿舎常時居住承認許可申請拒否などの取消請求訴訟」を提起した。しかし、裁判所はこれを却下した。却下とは、訴訟の要件を備えていない場合に、本案を審理せずに出す決定だ。
これに先立ち2003年には、ある女性がキム・ソンドさんの同居人として独島住民宿舎に転入したことがあったが、実際にここを常時居住地としていなかったという理由で、数年後に住民登録が職権抹消されたこともあった。
◇独島に住むことはほぼ不可能
独島に住所を移すことがこれほど難しい理由は、独島に対する愛着だけを持ち、実際の居住意思や能力もなしに転入届を出す事態を防ぐためだ。住民登録法上、住所を移すためには実際に該当の住所に居住しなければならないが、独島は生活インフラが整っておらず、ほぼ生活が不可能だ。また、独島は天然記念物に指定されており、人が居住したり開発したりすることが厳格に制限されている。
ただし、キム・ソンドさん夫婦は1960年代に独島へ定着し、約50年近く住みながら漁業と日常生活を続けてきたことが証明されたため、1991年に住所を独島に移し、鬱陵郡守から毎年、独島上陸承認と独島住民宿舎常時居住承認を受けていた。
キム・ソンドさん夫婦は各種選挙のたびに居所投票を行うことで、大韓民国の実効的支配を立証する象徴的な役割も果たしてきた。居所投票とは、投票所に行くのが難しい離島のうち、中央選挙管理委員会の規則で定める島に居住する人が、事前申告を通じて自宅などで投票することを指す。
◇「居住者がいなければ日本に付け入る隙を与えてしまう」
鬱陵郡は、独島の住民不在に関連し、どのような方向で対処すべきか苦心している。一部では、独島が韓国の領土として実際に住民が居住し生活しているという象徴性を維持するためにも、住民登録人口が存在すべきだと主張している。
独島愛運動本部のチョ・ジョンチョル事務局長は「独島に独島警備隊員や独島管理事務所の職員など40人余りが常駐しているとはいえ、一時的な居住にすぎない」とし、「独島が無人島から脱却するには住民が生活しながら経済活動も行い、税金も納めなければならないが、空白が長引くほど日本の領有権主張に付け入る隙を与えることになるため対策作りが急務だ」と指摘した。
2026/03/11 15:26
https://japanese.joins.com/JArticle/345997