鄭夢奎、クリンスマン、洪明甫が招いた韓国サッカー「失われた4年」…朴智星「収拾に10年」(1)

投稿者: | 2026年6月29日

「パウロ・ベント監督(ポルトガル)に追加で4年任せてもよかったと思うが…」。
 2002韓日ワールドカップ(W杯)「4強神話」の主役、李天秀(イ・チョンス)は韓国サッカーの現住所を嘆きながらこのように語った。

初めて48カ国32強体制で行われた2026北中米ワールドカップ(W杯)で洪明甫(ホン・ミョンボ)監督が率いる韓国代表(1勝2敗)は32強トーナメントに進出できず、1次リーグ敗退という屈辱的な成績でW杯を終えた。2022カタールW杯で収めた16強以上の成績を期待していたファンは「4年という歳月をいったいどのように使ったのか」と怒りを表した。李天秀は「ベント監督時代には韓国サッカーのカラーがあった。非難を受けても確固たる哲学を持って進めていた。ベント監督と再契約をしないと聞いた時はサッカー人の立場では本当に残念だった」とし、無色無臭の韓国サッカーを指摘した。

カタール大会後にベント監督が退き、韓国サッカーがこじれ始めた。大韓サッカー協会(KFA)は2023年2月、ユルゲン・クリンスマン監督(ドイツ)をベント監督の後任として連れてきた。しかしクリンスマン監督はベントが韓国に負わせた組織的な「ビルドアップサッカー」を引き継ぐ考えがなかった。とはいえ、戦術にカラーがあるわけでもなかった。孫興慜(ソン・フンミン)のような選手個人の技術に依存するサッカーでむしろ組織力を瓦解した。

韓国よりも米国の自宅で過ごして「遠隔勤務」の時間が多く、韓国代表の監督を務めながら海外の放送に出演した。本業よりも「休暇」「アルバイト」に関心が多いクリンスマンにファンは怒った。

その結果は2024年2月のアジアカップ準決勝、ヨルダン戦での0-2完敗だ。クリンスマンは「優勝する」と豪語したが、有効シュートが0という試合だった。さらに大会中に孫興慜と李康仁(イ・ガンイン)がけんかを起こした事実までが明らかになり、KFAは違約金70億ウォン(約7億4000万円)を渡してクリンスマンを1年で更迭した。KFAは正式監督選任を先送りし、黄善洪(ファン・ソンホン)-金度勲(キム・ドフン)臨時監督体制で持ちこたえた。そして黄善洪監督が兼任したオリンピック(五輪)代表チームが40年ぶりに五輪出場を逃すという大惨事までが発生した。このすべての状況を招いた鄭夢奎(チョン・モンギュ)サッカー協会会長に向けた辞任世論が生じた。

洪明甫監督の選任は出火した家に油を注ぐようなものだった。協会はクリンスマン監督更迭から5カ月間、ジェシー・マーシュ氏など欧州舞台で検証された外国人監督と面接した。しかし結局は洪明甫監督を選択した。洪監督は2014ブラジルW杯で韓国代表を率いて2敗1分けの成績で敗退し、指導力に疑問があった。当時、監督の面接など選任作業を主導したのは李林生(イ・イムセン)協会技術総括理事だった。特定の学閥が前面に浮上し、選任に疑惑が生じたりもした。サッカー界全般がこのように旧態依然のまま運営される中、韓国サッカーは後退を繰り返した。

監督選任に関与した朴柱昊(パク・チュホ)元戦力強化委員が「洪監督の選任を知らなかった。内部で国内監督を無条件に支持する委員が多かった」と暴露し、手続き的な正当性は完全に毀損された。鄭夢奎会長が監督選任過程に介入するなど、文化体育観光部の監査結果でも問題点が表れた。洪監督は2024年9月の初戦だったパレスチナ戦で6万人の観客からブーイングを受けるなど最初からリーダーシップは揺らいだ。

2026/06/29 10:11
https://japanese.joins.com/JArticle/351233

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)