【中央時評】安洗塋選手の怒り

投稿者: | 2024年8月23日

先日閉幕したパリオリンピック(五輪)は我々韓国の若者世代の堂々としたところと自信がよく現れた舞台だった。国家代表という重さに臆することなく、これまで磨いてきた技量を存分に発揮する堂々さ、たとえ失敗しても競技自体を楽しむことができる成熟さは彼らが先進国民として育ってきたことを間違いなく見せてくれた。国家と民族を前面に出す後進国コンプレックスにとらわれた既成世代とは異なる。バドミントンのシングルスで優勝をした安洗塋(アン・セヨン)選手のインタビューもこのような面で理解できるだろう。安選手は儀礼的な感謝の言葉ではなく、「私が目標(オリンピック金メダル)に向かって走ってこれた原動力は怒りだった」と話して大きな波紋を広げた。この言葉の真意が何だったのか、その怒りが正当なものなのかなどに対する評価はまだ進行中だが、個人の自律性を尊重する若者世代と組織の規律を重視する既成世代の価値観の衝突が根本原因だと考えられる。

憤怒の辞書の定義は「不当な待遇や差別に激しく憤ること」だ。多くの宗教では最大限おさえるべき感情だと教えるが、怒りが常に悪いばかりではない。例えば悪がわざと犯される場合、これに対抗する気持ちとして生じる怒りは正当だとみることができる。アリストテレスも「怒りは時々道徳と勇気の武器となる」と説いたことがある。実際に社会的に不当な待遇を受ける弱者が差別を克服したり制度を変えたりするときに怒りが大きな役割を果たすことがある。一例として、フランス大革命は王室に対する大衆の怒りが原動力となった。

 もう少し最近の例ではノーベル物理学賞を受賞した日本の中村修二氏の場合を挙げることができる。中村博士は日亜化学という小さな会社で働いていた時、ノーベル賞業績である青色LED(発光ダイオード)を発明したが、会社から十分な報奨を受け取ることができなかった。中村博士はあるインタビューで「私の研究の原動力は怒りだった。それが私にとってすべての動機づけとなった」と話していたことがある。BTS(防弾少年団)の父と呼ばれるHYBE(ハイブ)のパン・シヒョク議長も2019年のソウル大卒業式祝辞で「今日の私を作ったエネルギーの根源は他でもない怒り、すなわち憤怒でした」としながら「韓国の音楽産業が抱いている悪習は常識的ではなく、私はそれらに怒って相対して戦いました。それで一段階一段階変化が体感できるたびに幸福を感じました」と話した。

もちろん、社会の不条理がこのように弱者の怒りによって解決されることが望ましいばかりではない。中村博士の怒りは会社と研究員間の合理的な契約によって解決されるべきだったし、韓国音楽産業の悪習は中小製作者と歌手に不利益がないように制度的に改善されることがより一層望ましかったはずだ。事実、人類社会は絶えず変化するので制度もそれに合わせて進化しなければならない。故に先進社会には制度を合理的に変えるための装置が体系的に用意されている。だが、我が国は社会経済的変化も非常にスピーディーで、まだ権威主義的文化があるため制度が時代に遅れた場合が多い。

筆者が経験した代表的な例を2つだけ挙げるとするなら、大学院での学生と教授の関係、政党での青年政治人の育成問題だ。どの国も大学院での学問後続世代の育成は徒弟システムに基本を置いている。このため学位授与などにおいて教授の判断が決定的な役割を果たす。だが、学生の立場では自身の経歴に最も重要なことである学位取得が教授に全面的に頼る状況なので絶対的な甲と乙の関係が成立する。このような状況では人権侵害が起きやすい。筆者が総長職を遂行している時、大学院生の人権憲章を制定しようとしたがさまざまな事情でできなかったことがこの上なく残念だ。

青年政治家の育成もまた、さまざまな障壁で前に進んでいない。筆者が国会にいた時、地域の青年政治家を育成しようとしたが、有望な候補と会って話してみるとほとんどが否定的だった。その理由は青年政治人を成長させる制度がない点、総選挙時に青年政治人に公認してくれる人々はたいていソウルの名門大学の学生会長出身というものだった。10年近く過ぎた今まで、どの政党にも青年政治人育成制度が改善されたという証拠はない。このような問題は被害者の怒りによっても解決されなければならないだろう。

ただし怒りが憎しみになってはいけない。怒りと憎しみはどちらも相手に腹を立てる点では同じだが、怒りは対象に対する愛着がある反面、憎しみは相手の破壊が目的という点が違う。中村博士やパン議長が怒りを感じたのは会社と研究員間の関係を正常化し、音楽産業で常識が通じる制度を作ってその分野の発展を望む気持ちがあったからだ。おそらく安洗塋選手の会見も韓国バドミントン界を発展させようという考えがあったのではないかと思う。安洗塋選手の怒りが韓国のバドミントン界、さらに踏み込んで体育界が過去の悪習を捨てて一段階発展する契機になることを願う。

呉世正(オ・セジョン)/ソウル大物理天文学部名誉教授・元総長

2024/08/23 11:05
https://japanese.joins.com/JArticle/322818

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