「ユナがあそこにいる!」「ママはどこにいるのか」。
祖父は中東から帰国した孫娘から抱きしめ、帰国者はあちこち見ながら家族を探した。故国で再会した家族は涙を浮かべながら手を握り合った。
米国の対イラン空襲作戦「壮絶な怒り」で中東地域に足止めになっていた韓国国民など211人が15日、政府が準備した軍輸送機便で帰国した。韓国国内に退避したのはサウジアラビア・バーレーン・クウェート・レバノンの中東4カ国の韓国人204人と外国国籍の家族5人、日本国民2人だ。政府は今回の作戦を「砂漠の光(Desert Shine)」と命名した。
この日午後17時59分、城南(ソンナム)ソウル空港の滑走路に空軍の多目的空中給油輸送機KC-300「シグナス」が着陸した。機体が滑走路を移動する間、飛行機の中では喜びの表情で窓に顔を付けながら出迎えに来た家族を探した。
飛行機のゲートが開くと、4人家族が姿を現した。母は長女の手を、父は次女の手を握ってタラップを下りた。小さな娘の手には太極旗(韓国の国旗)があった。軍関係者らは「国民の安全な帰国を歓迎します」と書かれた横断幕を持っていた。
小さな旅行用キャリアを手に持つ国民が次々とタラップを下りてきた。家族で帰国する人が多かった。疲れた表情の子どもは「寒い」「上着を準備できなかった」と話した。急いで退避したためまともに準備ができなかったという。
政府関係者らは帰国者らとハイファイブ、握手をしながら「ご苦労さまでした」「ありがとうございます」という言葉が交わされた。
この日の退避作戦は離陸直前まで緊張が続いた。今回の作戦の迅速対応チーム長を務めた李在雄(イ・ジェウン)元外交部報道官は「空港で搭乗開始直前にサウジ当局が領空統制措置を取り、定刻に韓国に帰国できないのではと心配をしたが、幸い、40分後に解除され、全員が搭乗して帰ってくることができた」と伝えた。
国防部の関係者は「離陸直前に周辺で(イランの)ドローンが確認され、リヤド空港近隣の米軍基地を爆撃するのが聞こえた」とし「このため離陸がホールド(中断)となり、しばらくしてから出発した」と明らかにした。
バーレーンからサウジ経由で帰国したチョン・ソウンさん(10)は「家からミサイルが飛ぶのが見えて本当に怖かった。空港で韓国の飛行機を見て不思議な感じがした」と話した。
子ども2人とバーレーンから帰国したパクさん(43)は「ミサイル攻撃をあまりにも多く見たので飛行中も不安だったが、韓国に無事に到着して安心した」と語った。
サウジに居住するイ・ソンアさん(41)は「2週間ほど経過したが、当初、現地はそれほど緊張感がなかった」とし「最近は大きな音が何度も聞こえ、迎撃する音が頻繁に響いた」と伝えた。続いて「仕事のため夫は帰れず、子どもと母親が帰国する家族が多い」とし、涙を浮かべた。
母が韓国人、父がアイルランド国籍のデイリー・コエンホ君(17)は「クウェートにいた時は毎晩、爆撃の音が聞こえ、近くにある米国大使館への攻撃も実際に見て、恐ろしい状況だった」とし「韓国大使館から連絡があり、無事に戻って来ることができた」と話した。
2026/03/16 09:06
https://japanese.joins.com/JArticle/346179